紳士の雑学

ファッションイラストレーターという仕事。
スペシャル対談! 綿谷 寛×穂積和夫

2018.07.03

今年5月、デビュー40周年を迎えたイラストレーター綿谷 寛氏が画業の集大成となる自身の画集・書籍『STYLE 1979-2018 男のファッションはボクが描いてきた』(小学館)を上梓した。

1950年代アメリカを彷彿とさせる画風で「日本のノーマン・ロックウェル」たる“マジタッチ”と、鋭い観察眼に裏打ちされたユーモアあふれる“バカタッチ”を巧みに描き分ける氏を、誰もが愛情を込めて“画伯”と呼ぶ。 ウェルドレッサーとして知られ、コンサバを自認するスタイリングはファッションスナップの常連でもある。家族とバーと、葉巻きをこよなく愛する氏と、自身が師と仰ぐ、日本が誇るミスター・ダンディー、イラストレーターの穂積和夫氏との対談が、都内の閑静な住宅街にある画伯邸にて行われた。

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ずっと、おしゃれよりも描くことが好きだった

綿谷 10歳上の兄貴が愛読していた『メンズクラブ』を盗み読んでは、コーディネートを妄想して、着せ替え人形のように描いて遊んでたのは小学3〜4年生ぐらいのこと。穂積先生のイラストが毎号載っていました。月に何本ぐらい描いてたんですか?

穂積 数えたことないからわからないねぇ。あのころは、毎日のように画板に向かってましたから。でも君が本気でイラストレーターになりたいと思ったのは、いつごろのことなの?

綿谷 中学生か高校生か。それで高校を卒業してすぐ穂積先生が講師をされていたセツ・モードセミナーに入学したんです。

穂積 あまり授業やってなかったでしょ(笑)。

綿谷 はい、ちゃんと受けたのは一回だけだったかな(笑)。

穂積 覚えてるのは、学校にお局(つぼね)さまみたいな女学生がいて、彼女が「先生に絵を見てもらいたいっていう男の子がいるわよ」って言ってたこと。

綿谷 それで学校で一度絵を見ていただいたんです。そのときに言われたのが「君はうまいから、好きに描けばいいよ」って。

穂積 憶(おぼ)えてないんだよなぁ。

綿谷 先生のアトリエに遊びに行くようになり、『エスクァイア版20世紀メンズ・ファッション百科事典』をいただいたんです。

穂積 それも憶えてない(笑)。

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    穂積氏が画伯に贈った『エスクァイア版 20世紀メンズ・ファッション百科事典 日本語版』。初版は1981年。アイテムやディテールのイラストを豊富に掲載して、20世紀の男性服飾史を追った名編。
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    『STYLE 1979-2018男 のファッションはボクが描いてきた』
    綿谷 寛著 小学館刊 ¥2,700(税別)
    好評発売中!

綿谷 当時から飄々(ひょうひょう)としてらっしゃって、イラストで天下を取ろうという感じはなかったですよね。

穂積 僕は、ただ好きなように描きたいだけだから。お金や名声だとかに興味がなくて。

綿谷 僕もそういうものには興味がないです。ありがたいことに仕事だけは途切れずに、今日まで描いてこられましたけれども。

穂積 描きつづけることが大切ですよ。次はこういう絵が描きたいなぁ、という思いが絵を描きつづける原動力です。絵を描くことが好き、ということがいちばん。

綿谷 僕はイラストを描くことが好きで、イラストの仕事を頼まれることが好きなんです。先生はファッションは、お好きだったんですか?

穂積 そうでもなかったかもねぇ。アイビーに出合う前は、全然知らなかったもの。背広のシルエットを描き分ける仕事があったんだけど、ひとつも知らなかった。シングルかダブルか、ポケットがパッチなのかフラップなのかぐらいで、シルエットがどうのとかウエスト位置が高いとか全然知らなかったね。でも、僕と違って君はおしゃれだったよねぇ。

綿谷 僕は自分で、おしゃれが好きだと思っていたんですが、最近はおしゃれな人たちと話してると、あんまり面白くないなって思うことがたまにあるんです。もしかすると、おしゃれがそれほど好きじゃなかったのかもしれないって思うこともあるぐらいです(笑)。

穂積 僕もそうだね。おしゃれの話は、面白くはないねぇ。

綿谷 絵に描くのは好きだけど、自分の装いがどうだとかこうだとかには、あまり興味ないんです。

穂積 いつの間にか憶えた知識はあるんですよ。イラストの発注を電話で受けるでしょ。編集者がジャケットはツイードの3つボタンでスボンはこうで、あとは適当にって言われたら、自分がスタイリストになってコーディネートしないといけない。こう着れば格好いいというのは知っているけど、そんな服はもっていないし、そういう格好をしたいとも思わなかったね。

綿谷 描き上がったら満足しちゃって、着るまでたどり着かないことがあります。高級ブランドの服や靴を描くとき、実際に自分が欲しいかどうかは別じゃないですか。しかもその絵を見た人からそういうおしゃれが好きだと思われて話をされると困っちゃう(笑)。先生もそうでしょう。

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穂積 知識は、商売柄なんだよね。門前の小僧なんとやらで。写真集( 編集部注:2015年発行された、日本人のダンディーが集結した写真集『JAPANESE DANDY』万来舎)の表紙にはなったけど、あれはあとから知ったことなんですよ。そもそも友人が『男子専科』を読んでいたので、あいつが買うなら僕は天の邪鬼で『メンズクラブ』の前身の『男の服装』を読もうと思ったぐらいだから。僕は最初、小説の挿絵が書きたかった。挿絵画家に憧れてたんです。イラストレーターたちにも、画家になりたい人が多かったと思いますよ。『メンズクラブ』は中学生や高校生が読む本じゃなく大人のための本だったから、みんな本気で描いてたよね。

綿谷 あのころの『メンズクラブ』は本当に絵のうまい人が多くて、ほかの雑誌と比べてもダントツにレベルが高かったですよね。だから気後れして、僕も最初から『メンズクラブ』で描かせてくださいとは言いにくくて『ポパイ』でデビューしちゃった(笑)。

穂積 メンクラは僕が紹介したんだよね。その前に営業に行ったらあまりうまくいかなかったと言っていたことを、なんとなく覚えているんだ。

綿谷 それはもう、自分のキャリアとして鮮明に覚えています。でも穂積先生は、どうしてメンクラで描きはじめたんですか?

穂積 僕はメンクラの前身となる婦人画報社の『男の服飾』という雑誌で描いてたのでね。『メンズクラブ』は創刊4号目から描いています。『男の服飾』が『メンズクラブ』になって、国際判という大きな判型に1ページ大で好きな絵が描ける自由な気風がよかったんだよね。

綿谷 ある程度決められたテーマ以外の、スタイリングや背景は任されていましたから。

穂積 当時は、絵と写真は同等のビジュアルとして扱われていて、婦人画報がトップを走っていた。僕なんかは生意気に『エスクァイア』や『プレイボーイ』みたいな絵を描きたいと思ってた。編集者は絵に造詣が深かったとは思わなかったけど、持って行った絵はそのまま載せてくれたよね。

綿谷 本当にベテランにはうまい人が多かったので、そこで自分が描くことになったときは気が張りましたね。新人としてなんて思われるか、このヘタクソって思われないかな、とか。

穂積 じつは君のデビュー当時のイラストは、あまり記憶がないんだ。自分の仕事で精一杯だったから、すまないね。

綿谷 70年代のイラストにはいろいろなブームがありました。穂積先生の絵は、とても洗練されていておしゃれだったけど、当時の主流ではなかったですよね。スーパーリアルとかヘタウマといった流れが人気で、イラストレーターの潮流は二極化していました。

穂積 イラストレーションは芸術だと言う人たちからは、ファッションとかクルマとかの商業イラストは軽んじられてたんだよね。

綿谷 いわゆる「意識高い系」が多かったと(笑)。

穂積 とにかく絵が描きたい、画家になりたいという人ばかりで画力の発散とか昇華のために来てたんだよね。僕もイラストレーター協会では、あぁファッションの人ね、と一段低く見られてたもの。

綿谷 いたたまれなかったですね。セツ・モードセミナーでも、メンズファッションイラストをやりたいなんて人はいませんでした。みんな専門学校や美大を出た年上ばかりで、高校出てすぐイラストレーターになりたいなんていう僕みたいなのはほとんどいませんでした。

穂積 それでも描きつづけてきたことでいまがあるんですから、それはとても貴重なことですよ。イラストレーターを定義するなら、イラストレーターの数だけ、その定義があるんですから。

長いキャリアをもつふたりが本当に描きたいもの

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綿谷 実を言うと、長くメンズファッションのイラストを描いていますが、ファッションを描こうと思って描いてるわけじゃないんです。50年代アメリカのイラストレーションをメンズファッションに置き換えてるだけかもしれません。かといって昔の絵が描きたいわけでもない。

穂積 僕はイラストレーターは、ファッションを頼まれたらファッションを、クルマを頼まれたらクルマを描けなきゃいけないと思っています。たまたま与えられたお題がファッションなだけ。これから、ほかにも描いてみたい世界が出てくると思っています。

綿谷 それなら僕は油絵で描きたいです。日々の仕事に追われてなかなか手を付けられないけど、いつかきちんと向き合ってみたい。

穂積 油絵は何点か描いてみたけれど、ほとんど気に入らなくて捨てちゃった。数枚残ったうちの一枚をこの間、テリー伊藤が買っていきましたよ。油絵の具ほど使い勝手のいい、表現力ある画材はありませんね。

綿谷 塗り重ねられるので、油絵にはなかなか終わりが来ない。そこがいいんだけれど。

穂積 期待していますよ。僕は画材より、題材のほうがエネルギーになるタイプなんだな。

絵は受け継げても感性は受け継げない

穂積 昔は、新宿で石を投げればイラストレーターに当たると言われたのに、いまファッションイラストレーターは数えるほどになってしまった。

綿谷 世界的な絶滅危惧種ですよね。かろうじて日本で生息してるだけになっちゃった。

穂積 昔、絵を描いている人は誰もが、長沢 節を目指していたんですよ。いまからでは、もう誰も超えられないと思います。

綿谷 僕がデビューしてから、そのあとが出てきていないように思うんです。もちろんタイプの違うイラストレーターはいるけれど、メンズファッションがメインじゃないでしょう。僕のところに弟子入り志願して来る人もいません。

穂積 アハハ、僕のところにも誰も来てませんよ(笑)。

綿谷 ファッションが好きな人は増えてるのに、ファッションイラストを描く人はいない。漫画家はたくさんいるのに。

穂積 名刺だけのイラストレーターはいるでしょう。でも、こんなのでいいのかな、と思うようなものも少なくない。スマホで写真を撮ってタブレットに取り込んで、ササッとなぞれば、それっぽいものが簡単にできちゃう時代ですから。

綿谷 僕たちいまだに手描きですからね。地球上に、こういうイラストレーターはもういないんじゃないでしょうか。だから海外からもオーダーが舞い込むのでしょう。最近、海外から仕事の依頼、多くないですか?

穂積 うちにも海外から、仕事の依頼がありますよ。でもアメリカンなタッチのイラストレーターの、うまい人がいないから、君がほぼ独占市場じゃないの?(笑)。

綿谷 だから家族が養える(笑)。

穂積 同じようなイラストを描こうとしている人はいるかもしれないけど、同じようなファッション感覚が描ける人はいないでしょうね。おしゃれの感性があるのかどうか。

綿谷 日本にファッションイラストが生き残っているのは、“違い”を絵で見分けるといった日本人の気質も関係しているのではないかと思うんです。

穂積 だとしたら、今後日本人のファッションイラストレーターは出てこないね。僕からすればセンスのないイラストレーターは考えられないから。

綿谷 穂積先生のアイビーボーイは、いまの若い人にも訴えるパワーがありますが、僕にもパワーのある絵が描けてますかね。僕のイラストをまとめた本が出版されるなんて思ってもいませんでしたが、もしかしたらこの本でその検証ができるかもしれない。(担当編集の「本を読んで、弟子志願者が現れるかも」の声に)え、そんなことになったら、どうしよう?

穂積 昔、僕が君に言ったように「好きに描きなさい」って言えばいいじゃない(笑)。

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穂積和夫(ほづみ・かずお)
1930年、東京生まれ。メンズファッションのイラストレーションを中心に、クルマ、古建築、映画など作品の幅は多彩。著書『絵本アイビーボーイ図鑑』(1980年、講談社刊)は、メンズファッション界におけるバイブル。米寿を目前にしてなお現役!

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綿谷 寛(わたたに・ひろし)
1957年、東京生まれ。小学3年生でおしゃれに目覚め、イラストを描きはじめる。1979年、セツモードセミナー在学中に雑誌『ポパイ』でデビュー。メンズファッション誌を中心に連載多数。愛称は“画伯”。

Photograph: Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)
Text: Yasuyuki Ikeda(04)

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