紳士の雑学

すべての人が、楽しく自由に移動できる世界を
WHILL株式会社 代表取締役兼CEO 杉江 理インタビュー[前編]

2018.12.04

すべての人が、楽しく自由に移動できる世界を<br>WHILL株式会社 代表取締役兼CEO 杉江 理インタビュー[前編]

世界を放浪してもやりたいことが見つからなかった若者が30歳で起業した。
車椅子の既成概念を覆す『WHILL(ウィル)』を開発した同社代表、杉江 理氏のことである。
「いまはWHILLが100%」の杉江氏に、その軌跡とこれからを語ってもらった。

会社としてのミッションは〝すべての人の移動を楽しくスマートにする〞こと。障がい者も、高齢者も、健常者もすべての人をだ。横浜市鶴見区にある産学共同研究センター内のオフィス。代表の杉江 理氏は『モデルC』に試乗し、区内を悠々と行き来した。「個人としてのミッションですか? 『WHILL(ウィル)』をいかに広めていくか。それに尽きますかね」『WHILL』とは杉江らが開発した電動車椅子のことだ。90年近くデザイン変化のなかった車椅子を「カッコいい」「乗りたくなる」フォルムへと変え、同時に段差や悪路への圧倒的なパフォーマンスを実現した。ある車椅子ユーザーは「周囲の見る目が変わり、前向きになった」と言い、あるパートナー企業は『WHILL』をして「やっと出合えた」と感激した。海外展開も加速するなか、先ごろは世界の空港などで同製品のシェアリングサービスを発表、いまがまさに攻勢前夜である。

さて、始まりの始まりのとき、杉江はラオスにいた。20代前半にモノづくり集団を立ち上げ、週末の活動でふたの開けやすいペットボトルなどを開発した。それが人事部に知られることとなり、日産自動車を退社したのが26歳のこと。杉江は中国語を学びに同国に移住し、その後は海外の極限地を渡り歩いた。世界一標高の高いボリビアで半年間、原始的な生活環境の残る国であるパプアニューギニアで半年間暮らした。「極限地を体験しておけば、この先だいたいのことは大丈夫だろうと思ったんです」。とはいえど。具体的な〝この先〞は、まったく見えなかった。

後の創業メンバーから連絡があったのはラオスにいたときのこと。「発展途上国で使える車椅子プロジェクトを考えている。そっちの状況を調べてくれないか?」。杉江は現地のNPOにコンタクトを取ってみた。先進国から送られてきた車椅子は使われず、放置されたままになっていた。「本気でやりたいなら移住するくらいの覚悟がないと。でなければ、難しい」杉江は仲間に返した。そういう自分はどうしようか、帰国後はデザイン会社でも立ち上げてユルい感じでやってみようか。電動車椅子を開発し、それを世界に広めようとは、このとき、まったく思いもしなかった。

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「本気じゃないならやめろ」で入った起業スイッチ

「100メートル先のコンビニに行くのをあきらめるって聞いたんですよ」。帰国した杉江は仲間とともに車椅子ユーザーに会いに行く。聞けば、コンビニに行くまでの凸凹道や段差、坂道で躊躇(ちゅうちょ)する。車椅子に乗っているときに感じる視線もイヤだという。だから「行かなくてもいいや」となる。この人のためにカッコいい車椅子を作ろう、そう思った。途上国のための車椅子支援は立ち消えになったものの、次のベクトルが動きだした。

2011年、『WHILL』のプロトタイプが完成し東京モーターショーに出展した。福祉や医療の展示会を選ばなかったのは単なる「電動車椅子」ではなく「一人乗りの移動体( パーソナルモビリティ)」と位置付けていたからだ。反響は素晴らしく杉江らは老舗の車椅子メーカーに協賛を仰ぎにいった。だが、そこで冷や水を浴びせられた。「こんなものはやめろ。どうせ製品化する気もないんだろう? 障がい者に夢を見せるだけならやらないでくれ」

返す言葉もなかった。車椅子ユーザーの話にショックを受けたものの、当時は「起業するなんて考えてもいなかった」。カッコいい車椅子を作ろう、利用者が精神的なバリアを外せるプロダクトを作ろう、そのことに夢中になっていたのだ。だが、この事件がきっかけで杉江のスイッチが入った。12年5月、貯金をかき集め、仲間2人とWHILLを創業した。

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「何も考えずやると決めました。ただ、デザイン会社を立ち上げるのとはわけが違います。プロダクトを作り、在庫を抱えることになるわけですから、それなりの資金も必要になります。けれど、僕らに出資するような人は誰もいませんでした。出資側からするとIT系に比べて回収効率が悪い。ハードウェアであったり、メディカルデバイスの分野はベンチャーにとって参入障壁が高いんです。無理だとか、ビジネスとして成り立たないとか、散々言われました」

ダメ出しされるたび、「そうか、そうだったのか」とがっくりとした。だからといって、やめるつもりはなかった。「起業ではよくある話ですよ。いろいろあっても皆続ける。僕に限った話じゃないので」大仰に捉えられるのが苦手なのか、少し居心地悪そうに言う。

翌年の13年、シリコンバレーにオフィスを構えた。と、言えば聞こえはいいが「ノーチョイスですよ。日本で調達できないからアメリカで集めるしかなかった」と杉江。もちろん渡米してすぐにお金が集まるわけもない。食事代を切りつめ、オフィスに寝泊まりする日々。このころ、杉江は2カ月ほど車椅子で過ごし、問題点を検証していった。3人の貯金も尽きかけて「いよいよマズい」ギリギリの段で、現地で有名なベンチャーキャピタルから声が掛かった。続いて日本でも高額出資が決定した。

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後編につづく>>

プロフィル
杉江 理(すぎえ・さとし) 
1982年7月生まれ。静岡県浜松市出身。立命館大学卒業後、専門学校でプロダクトデザインを学ぶ。日産自動車のデザイン開発本部に入社。同じころ、週末のモノづくり活動集団「Sunny Side Garage」に参画。09年に日産を退社し、中国の南京にて中国語を学ぶ傍ら日本語教師として働く。その後、パプアニューギニアなど世界各地を放浪、帰国後の11年、「WHILLproject」を開始。12年にWHILL株式会社を創業した。14年に自らデザインした『WHILL Model A』を、17年にはデザイン監修をした普及価格帯の『WHILL Model C』をリリースした。元『世界経済フォーラム(ダボス会議)』GSC30歳以下日本代表。趣味はウォーキング。同社代表取締役 兼 最高経営責任者。

Photograph: Kentaro Kase
Text: Mariko Terashima

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