紳士の雑学
ブータンとバンコクで、旅先のブランディングを考えてみた
バンコク編
[センスの因数分解]
2019.01.15
![ブータンとバンコクで、旅先のブランディングを考えてみた<br>バンコク編<br>[センスの因数分解]](http://p.potaufeu.asahi.com/fa9f-p/picture/14766463/a36579abd892902ed0cb282a52cb540d.jpg)
国(都市)にはそれぞれ固有の匂いがありますが、熱帯フルーツと排気ガスが混ざった匂いの湿気に包まれると「あぁ、またバンコクに来たんだなぁ」といつも思います。高層ビル群、スカイトレインに寺院をはじめとした伝統建築、そしてすさまじい渋滞など、あの街の第一印象となり得る存在はいくつもありますが、まず最初に体感するあの匂いで高揚するのは、私だけではないと思っています。
食、エンターテインメント、アクティビティー……東南アジアにおいて、バンコクはずっとトップランナーのような存在。それは観光においてもしかりです。
今回のバンコク訪問は、2015年以来でした。当時も景気の良さ、観光業の好調を含めた街の活気を感じたものですが、今回もそのイメージは変わることがありませんでした。バンコクは、まるで有機物のように拡大し変化をしつづけていました。
![600_IMG_1561](http://p.potaufeu.asahi.com/1fcc-p/picture/14766459/056bafd317697c001f064f6e4a2d6ccb.jpg)
雑貨からペット、植物に家具などありとあらゆるものがひしめくチャトゥチャックはじめ、花や野菜、そして水上にもあるバンコクらしい市場は健在。洗練をさまざまな解釈で表現するホテルが生まれ、世界を夢中にするレストランもある。世界中のラグジュアリーが一堂に会する巨大ショッピングビルも乱立し、極上のスパから1000円でお釣りのくる街角マッサージまで選びたい放題。
そして夜にはありとあらゆる刺激が待っています。ここで暮らす人たちの生活に根差した場所から、観光客の欲求にケレン味たっぷりに応える太っ腹な姿勢。この地の面白さに性別や国境の限定などないのかもしれません。
そんななか、少しユニークな出来事がありました。バンコク発のラグジュアリーブランドの代表格であるタイシルクのジム・トンプソンでのこと。そこで物色していた際に、メルボルンから来ていたバンコクヘビーリピーターカップルと出会いました。布談議からバンコクでオススメのスポットの話、最近の街の変化など、年に何度も訪れているという彼らからの情報は、興味深いものでした。
「いいアンティークショップを探している」というと、「20年前まであったんだけれどね、いまはもうすっかりなくなってしまった」との返事。しかし続けて「もし、アンティークなどに興味があるのなら、この場所に行ってみては?」とすすめられたのが、『LHONG1919』です。
![600-D99988446148](http://p.potaufeu.asahi.com/a1f7-p/picture/14766462/ece7674bec1d38e0d5d9680f9e5b9ce6.jpg)
『LHONG1919』はチャオプラヤー川沿いにあるエリアで、もともとは船着き場。かつては中国との貿易が盛んに行われていたそうで、中国の影響が色濃く残っているレトロな情緒ある場所だといいます。「リノベーションによりカフェやショップが並び、“アンティーク”はそこにはないけれど、新鋭アーティストの作品などが展示や販売されている」のだと説明してくれました。
上海ならばバンド地区、北九州では門司港レトロなど、規模の大小はありますが、開発を逃れた場所がリノベーションにより新しい吸引力を持つという施設は世界中に存在し、もはや新しさはありませんが、バンコクでは新鮮。またその地の情緒とモダンを融合させる再開発は世界で長らく続くムーブメントであり、そういう点でもぜひチェックしようと足を向けたのです。
しかしLHONG1919に、バンコクらしい吸引力はありませんでした。広場をぐるりと囲むようにあるカフェやショップも、その広場も人はまばら(ほとんどが中国人観光客でした)。カフェのメニューも凡庸です。なんというか、すべてが人につくられた感=シナリオ感があるのです。
もちろん、リノベーションなのですから人によって生まれたエリアです。もっと言えば、シティーというのはすべて人がつくりあげるものです。けれどそこは、企業や行政など巨大組織によって仕組まれたものではなく、個人の集合体=ストリートレベルによる自然発生的な部分が多くを占めます。さらには企業が生み出すものも、そこに“人々が欲する”気配を感じ取って、一歩先を行き発信していかなければ、なかなか受け入れられるものではないのではないでしょうか?
『LHONG1919』は、世界の流れには寄り添っているといえます。しかし、バンコクの気配を受け止めていないように感じました。つまり、世界の借り物が生まれてしまったような……。
ブータンは「あるもの自慢」をうまくブランドづくりに昇華させていると書きました。バンコクという街は、王室や仏教といった歴史的伝統の屋台骨を持ちながら、人の欲望を生き物のように察知し提供しています。しかもそれは、仕組まれたものというよりもっとプリミティブであるように思います。『LHONG1919』ではそれをシナリオを作って仕掛けてしまい、街と不協和音が生まれたように感じました。
もちろんこれから人々の好奇心や欲求を発端とした有機的変化によって、見違えるようになることはあると思います。チャオプラヤー川、情緒あるロケーションといった魅力的で個性ある素養をもっているからこそ、そんな変化を期待せずにいられません。これこそ、世界のツーリストを引きつけるバンコクらしいのですから。
プロフィル
田中敏惠(たなか・としえ)
ブータン現国王からアマンリゾーツ創業者のエイドリアン・ゼッカ、メゾン・エルメスのジャン=ルイ・デュマ5代目当主、ベルルッティのオルガ・ベルルッティ現当主まで、世界中のオリジナリティーあふれるトップと会いながら「これからの豊かさ」を模索する編集者で文筆家。著書に『ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか』『未踏 あら輝 世界一予約の取れない鮨屋』(共著)、編著に『恋する建築』(中村拓志)、『南砺』(広川泰士)がある。
http://ttanakatoshie.com/ ブログ:https://ameblo.jp/ttanakatoshie
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