紳士の雑学

香りの世界がリードするラグジュアリーの「ラボ化」
[センスの因数分解]

2019.03.26

田中敏惠 田中敏惠

この連載の第1回で取り上げた、ニューヨークのPUBLIC HOTELでのことです。ネオンカラーのエスカレーターホールやエレベーターホールと、ガーデンやルーフトップバーの自然光のギャップにユニークさを感じたことには触れましたが、ほかにもいくつか印象的なことがありました。そのひとつが香りです。

すべての宿泊施設に言えることですが、公式サイト(もしくはインスタ)ではわからない事柄に美意識は隠れています。ホスピタリティはもちろん、例えばバスタブに身を沈めたときの心地よさ、湯上がりの肌に触れるバスタオルの感触、客室動線の無駄のなさなど。取材であってもプライベートであっても、個人的にチェックするのもこのサイトではわからない部分。そういう意味で、大切な要素だと感じているのが香りです。すてきなホテルというのは、万国共通で香りにとても気を遣っています。

PUBLIC HOTELの香りも魅力的だったので、ギフトショップに並ぶいくつかのルームフレグランスを指して、「どの香りがこのホテルで採用しているものですか?」とスタッフに尋ねました。すると、「いや、このなかにはないんです」との答え。けれど続けて「LE LABOというニューヨークのレーベルのものですよ」と言って、メモにその香りの種類を書いてくれたのです。あいにく時間の関係でニューヨークのショップへ行くことはできなかったのですが、代官山にショップがあることを知り、そういえば……とそのとき渡されたメモを探して手に入れてきました。

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LE LABOは2006年にニューヨークで誕生したフレグランスレーベル。かつて大手フレグランスメーカーに所属していた男性が「ものづくり>マーケティング」を信条に立ち上げ、PUBLIC HOTEL以外にもグラマーシーパークなど、ニューヨークの名ホテルをクライアントに持っています。“LABO=研究所”という名前らしく、コンクリートとガラスで構成された店内では、白衣のスタッフがメイド・トゥ・オーダー(注文製作)した作りたての香りを手に入れることができます(パフュームのみ)。それにしても日本(資本)のホテルは、この香りの重要さに気づいていないところが非常に多いのが残念。しかし名旅館はきちんと香を焚(た)きしめていたりして、やはり日本の宿泊施設の最高峰は旅館だなと思ったりする次第です。

話が少しずれましたが、嗅覚というのは、視覚に比べて数千倍も脳に刺激を与えると聞いたことがあります。実はこの香りにまつわるところに、特にラグジュアリーシーンで研究所(ラボ)化が進んでいるのです。

六本木のグランドハイアット東京に店を構える、ブエノスアイレスのラグジュアリーフレグランスレーベル、FUEGUIA 1833もそのひとつ。ここもまた、スペイン語で“Laboratorio de Parfum=香水研究所”とうたっており、調香師のジュリアン・ベデルがボルヘスの文学作品をはじめ、タンゴや自然、歴史から宇宙にいたるまで、壮大なジャンルからインスピレーションを受けて作られた香りが並んでいます。インテリアこそLE LABOほどではありませんが、フレグランスはすべてフラスコに覆われていて、ラボ感あり。ゲストはそれを利き香していくのです。

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この「ラグジュアリーフレグランスの“ラボ化”」は、世界的に進んでいるようで、ニューヨークに暮らすジャーナリストの話では、いま現地で話題となっているフレグランスショップは完璧な実験室状態だとか。また目線を日本に戻すと、フレグランスではありませんが、青山にある櫻井焙茶研究所は、お茶を白衣姿のスタッフが丁寧に入れて提供しています。ご存じのとおりお茶もフレグランス同様、香りを命としており、櫻井焙茶研究所は美しく静謐(せいひつ)な空間でぜいたくに茶を味わえます。

ラボと名乗りたい理由。それは、レーベルそれぞれに独自の思いがあるでしょう。しかしひとつ言えるのは、プロダクツと向き合う姿勢ではないでしょうか? マーケティングや製品管理に基づきながらプロダクツを世に送り出す大手レーベルのやり方ではなく、職人気質のように製品と真摯(しんし)に向き合い、発信したいという姿が感じられるのです。パッケージや室内装飾、コマーシャルではなく、香りの材料やブランドの理念、情熱にエネルギーを注ぐ。その姿はひとつのことを追い求める研究者の姿に近いのかもしれません。またそんな姿勢は、規模こそ大きくなくても世界に向けた発信力を十分持っているし、ラグジュアリーの世界で認められてもいるのです。

今後はどんな変化と進化があるのか、派生するのか。注目してみてはいかがでしょう。生産の現場が見られる、プロダクツへの情熱を体感できる。そのような事柄は、eコマースでは得られません。つまり、ラボには新しい時代に求められるラグジュアリーが内包されているのです。

プロフィル
田中敏惠(たなか・としえ)
ブータン現国王からアマンリゾーツ創業者のエイドリアン・ゼッカ、メゾン・エルメスのジャン=ルイ・デュマ5代目当主、ベルルッティのオルガ・ベルルッティ現当主まで、世界中のオリジナリティーあふれるトップと会いながら「これからの豊かさ」を模索する編集者で文筆家。著書に『ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか』『未踏 あら輝 世界一予約の取れない鮨屋』(共著)、編著に『恋する建築』(中村拓志)、『南砺』(広川泰士)がある。
http://ttanakatoshie.com/

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