特別インタビュー

世界で恥をかく日本ルールの着こなし

2019.04.11

安積陽子

ビジネスシーンにおいて装いを気にかけることはぜいたくなのか? 投資なのか? グローバル視点で自分を客観視してみよう。

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装いや所作を指導する非言語コミュニケーションのエキスパートとして、私はニューヨークやワシントンにて、ビジネスパーソンや政治家、キャスターの方々を対象に、個人の印象管理に関するアドバイスを行ってまいりました。グローバルなビジネスシーンで必要な能力は、出合い頭のわずか数秒間で、自分の価値を最大限に伝えられる自己プレゼンテーションスキル。しかし私たち日本人の根底には、謙虚さを美徳とする考えがあるせいか、ボディーランゲージや装いを武器に望ましい印象を作ったり、装いを通じてウィットに富んだ会話を展開したりするのは、得意なほうではありません。

階級社会が根強く残る欧米文化圏では、装いや振る舞いにはその人の本質や教養、価値観などが色濃く表れると考えられています。そのため、幼少期から子どもに対して服育を行う家庭も決して少なくはありません。

また、マナーや所作についての初歩的な内容を新人研修で教わるだけの日本とは異なり、社会的な地位が上がるにつれ、その立場にふさわしい振る舞いや着こなしの指導を自主的に受けるエグゼクティブたちも多数出てきます。コンサルティング料の相場は、1時間あたり約300ドル。自己価値を高めるための積極的投資を怠らない実力主義のビジネスパーソンたちは、たとえリーマンショックの直後であってもアグレッシブな姿勢を崩さず、できる限り自分を磨きつづけ、タフな時代を生き延びてきました。

グローバルスタンダードの装いや振る舞いについて学べる学校や機関は欧米に限らず、需要が高まるにつれて、アジア各国でも急激に増えはじめています。アメリカで印象管理術を学んでから、自国で印象管理に関するトレーニングを行う、中国、台湾、シンガポール、インド系のイメージコンサルタントたちの数は急増しています。相手に対して自分の存在を印象づけるボディーランゲージと、ひと目で信頼を得られる装いや所作について学ぶことは、国や文化に関係なく、できるビジネスパーソンになるために、もはや必要不可欠なのです。

熾烈(しれつ)な競争社会をタフに生き抜くためのカギは、ビジネス界を牽引(けんいん)しているエグゼクティブらが、互いのバックグラウンドや教養、ビジネスセンスを推し量り判断する際に、相手の何を見ているか、そのポイントを知ることにあります。

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ニューヨークの第一線で活躍するビジネスパーソンは、初対面の相手の「後ろ姿」で素養や能力を判断する、と言います。チェックポイントは、スーツのラインとシャツのフィット感。これだけで、相手の経済力や意識の高さを見極めるのです。世界各国の首脳らは、ボディーラインを最大限に引き立てる仕立てのスーツを着ていますが、背骨の曲面に合わせて美しいS字のアーチを描くシルエットは、良いスーツを仕立てる経済力を表すひとつの記号として見られます。

残念なことに、日本では確固たる地位にある方々でも、背中に多数のシワがあるスーツを着ていたり、スーツのボタンを留めたまま椅子に座っていたり、足先が擦て、踵の減り方が左右異なる靴を履いている方も多く見られます。そのような装いでは、自分を客観視できていない、美意識に欠ける人物だと判断されてしまいます。

若いフランスのマクロン大統領でさえ、写真撮影の際には必ずスーツの袖口からシャツが出ているかを気にかけています。自分を客観視したり、洗練された装いを心がけたりできることこそが、経済力や知性の表現につながるのです。国際ビジネスシーンで高評価を獲得するためには、「おしゃれ」ではなく「知性」と「余裕」を感じさせるスタイルで臨むことです。

ニューヨークやワシントンにある企業での研修を通じて見えてきた事実は、トップ層ほど、信頼感や重厚感を演出するのにふさわしいクラシックスタイルを採用していること。社会的立場と着こなしの洗練度は、まさに比例するということでした。さまざま価値観やバックグラウンドの人たちが集まる多人種社会で多くの信頼を獲得するためには、不特定多数の人から支持されるクラシックな装いと堅実さが必要となります。

日本で流行しているような装飾性の強い色ボタンや二重襟、派手な裏地は、避けるべきでしょう。シンプルな装いのなかに垣間見える独自性こそが、その人のセンスの見せどころとなります。控えめながらも存在感を放つことこそが、本物の成功者の装いなのです。

持ち物を褒め合うことに苦手意識をもつ日本人男性は多いのですが、身に着けているもののストーリーや装いの哲学を、ブランドに頼らず自らの言葉で語れることも大切です。たとえばネクタイを褒められた場合、いきなり謙遜するのではなく、相手の興味を引く話題に発展させられる会話のセンスが重要になります。または、自分の人間性や魅力を高める会話に進化させるチャンスと捉えてみましょう。「妻が買ったもので」というひと言で終わってしまう場面を、プレゼントされたエピソードに添えて「妻のセンスを信頼してネクタイ選びを任せている」などと語ることで、妻を大切にする紳士的な一面を印象づけることも可能なのです。

社交の場の会話で生きるのは、意外性があり記憶に残るエピソードで、それを語れるアイテムを準備しておくことはエグゼクティブの常識と言えます。「これは世界に8本だけ」「シリアルナンバーが入っている」という希少性のあるアイテムから生まれる会話も、相手の興味を引く話題となるでしょう。

国際的なビジネスシーンにおいて、握手は日本人があまり得意としない所作のひとつと言えます。お辞儀をする習慣がある日本人は、握手の際も軽く会釈をしてしまうことが多く、視線は手のほうに向いてしまいがちです。握手の場面では、終始しっかりと相手と視線を合わせ、手のひらを地面と垂直にして、相手と同じくらいの力で握り返すことが基本です。相手が女性のときに極端に弱く手を握ったり、指先を中心に握ることはかえって失礼に値しますので、注意が必要です。

意表を突くほど力を入れる握手は相手に攻撃的な印象を、上からかぶせる握手は支配的な印象を、反対に下から受けることは卑屈さや迎合を感じさせ、いずれも好ましくありません。また、初対面の際に両手で手を握ることや、相手の腕や肩に触れることも控えるべきです。

股間の前で手を組む姿勢も、公の場では避けましょう。手を体の前で組むと、肩や背中は自然と丸くなりますし、組んだ手元に注目がいきやすくなるため自信や品格に欠けるとされます。腕は体の脇に自然に沿わせて下ろしておきましょう。もちろん握手やポーズ以外の表情やしぐさ、会話からも相手に対する礼儀が表現されますので、ひとつの型にとらわれず、臨機応変に対応できることも重要です。

2020年に開催される東京オリンピックを控え、国内を中心にビジネス展開してきた業界までも、押し寄せる国際化の波を受けはじめています。文化や言語の壁を乗り越えお互いを尊重し合うルールを守りつつ、魅力的な挨拶や立ち居振る舞いで世界の人々と向き合える人材を、今日のビジネス社会は必要としています。今こそ非言語コミュニケーションを再認識し自己価値を高めて、国際派ビジネスパーソンの道へ颯爽(さっそう)と歩を進めましょう。

安積陽子(あさか・ようこ)
アメリカ合衆国シカゴ生まれ。ニューヨーク州立ファッション工科大学でイメージコンサルティングの資格を取得。2005年、Image Resource Centerof New York社で各界の著名人を対象に自己演出のトレーニングを開始。09年、同社の日本校代表に就任。16年、一般社団法人国際ボディランゲージ協会を設立し、非言語コミュニケーションのセミナーや研修、コンサルティングを行う。著書に『CLASS ACT( クラス・アクト)世界のビジネスエリートが必ず身につける「見た目」の教養』(PHP研究所)、『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』(講談社 +α新書)がある。

Illustration:Akira Sorimachi

※アエラスタイルマガジンVol.42からの転載です

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