お酒
「生酛」「山廃」? 日本酒の造りや用語
知れば日本酒がもっと好きになる│第4回
2019.11.15
酒の味わいは、日本酒の造り方やタイプによって変わってくる。それらの専門用語を知ることで、日本酒の造りへの理解が深まると同時に、店主やソムリエと話しが通じ、分かり合えることができる。それはアートや音楽、芸能、スポーツなど、どんな分野でも言えること。にわかラグビーファンであっても、「ジャッカル」といえば、ほかのラグビーファンが喜んでくれるという具合だ。
まず、「生酛(きもと)」と「山廃(やまはい)」。どちらも酒の造り方を表す言葉だ。第1回目で説明した日本酒のできるまでのなかで、酒母を造るときに蒸し米と麹に乳酸菌を加える工程を記したが、乳酸剤を添加せずに、自然界の中に存在する乳酸菌を取り込んで発酵させる、昔ながらの手法を「生酛造り」(江戸時代に完成)という。それに対して、乳酸を添加する方法を「速醸酛」という(現在はこちらが主流)。一般に生酛は、豊かな香りとコクが感じられるパワフルな味わいになり、速醸酛は淡麗ですっきりした味になると言われている。
生酛造りでは、自然界の乳酸菌を取り込むために、米をすり潰す「山卸」という重労働が必要とされてきた。が、材料の投入順序を変えることで、山卸の作業を省いても、乳酸菌を取り込むことができることがわかり、山卸を廃止した「山廃」と言われる造り方が明治末期に新たに生まれた。山廃も生酛と同じく、自然に選別された強い酵母菌によって発酵を行うため、豊富なアミノ酸によって、深いうまみとコシのある味わいが特徴となるが、生酛に比べると幾分穏やか。
上記2つより、さらに古い造り方が「水酛(菩提酛)」と呼ばれるもので、これは室町時代の『御酒之日記』に原形が記されている。炊いたご飯を袋に入れ、生米とともに水に漬ける。すると、乳酸菌や酵母が増殖し、濁ってぷつぷつと泡立つ酸っぱい液ができる。漬けておいた生米を蒸し、先の泡立つ液、麹、水を加えて酒母を造る方法。この水酛で造られた酒は、ウォッシュタイプのチーズや鮒(ふな)ずしのような香りと、乳酸を主体とする強い酸味が特徴となる。
●貴醸酒
酒造りに使用する水の一部、または全部に日本酒を用いて造る酒のこと。とろりとした甘口で、有機酸やアミノ酸が豊富な農淳な味わいが特徴。第1回目の「香りのとらえ方」でチョコレートのような香りと記した桝田酒造店の貴醸酒がそれにあたる。歴史的には新しく、1973年に国税庁醸造試験場で開発された。糖分、アミノ酸、有機酸が多いために熟成しやすいという特徴もあり、長期熟成酒として販売されているものも多い。
●古酒
日本酒を造った年に出荷したものは新酒、翌年のものは古酒、次の年度以降は大古酒と呼ばれるが、満3年以上蔵元で熟成させた酒を熟成古酒という。液体は黄色から茶褐色で、カラメルのような甘く焦げた香りや木の実やスパイスのような香りを放つ。また、熟成すると酢酸が増加し、酢酸とカラメルの合わさった、イチジクやプルーンのような味わいも感じられ、余韻が長くなるのも特徴。
●荒ばしり、中どり、せめ
荒ばしりというのもなんとも格好いい言葉だが、これらの3つは、醸し方ではなく、搾り方による違いを表す言葉だ。日本酒は、もろみを袋詰めして槽(ふね)と呼ばれる桶に並べて圧をかけて漉(こ)す。このとき最初に圧をかけずにもろみの重さだけで自然にでてくる液体が「荒ばしり」。圧をかけて出てくるのが「なかどり」。出が鈍くなってからさらに圧をかけて搾った酒を「せめ」という。荒ばしりでは澱(おり)が少し含まれるため、薄く白濁していて、アルコール度数は低め。味は不安定ながらも勢いがあり、その雑味も含めて力強い香りと風味を楽しむもの。中どりは、その酒の酒質そのものの安定した味わい。せめはアルコール度数高めで雑味も混じるため、単体で販売されることは少ない。
ぜひ、こうした用語を覚えて、多彩な日本酒を楽しんでいただきたい。
千葉麻里絵
山形大学で食品の物質工学を学ぶ。利き酒師の資格を取得したのち、各地の蔵元へ通い、また、酒類総合研究所の研修で専門知識を身につけ、2015年「GEM by moto」を立ち上げる。著書に『日本酒に恋して』(主婦と生活社)、『最先端の日本酒ペアリング』(旭屋出版)。
Photograph:Takahiro Imashimizu
Text:Hiroko Komatsu