お酒
ペアリングのセオリー
知れば日本酒がもっと好きになる│第5回
2019.11.22
「知ればもっと日本酒が好きになる」の最終回は、日本酒と料理の相性の話。料理をよりおいしくするための日本酒の合わせ方、日本酒をより楽しむための料理。ペアリングのセオリーをGEM by motoの千葉麻里絵さんに聞いた。ひと口に酒と料理の相性といっても、味の似たもの同士、対照的なもの同士、味を重ねる、味を切るなど、さまざまな合わせ方がある。そのいくつかの例を挙げてもらう。
GEM by motoのペアリングのなかでも、誰もが驚き、納得し、麻里絵マジックにはまってしまう、そんな代表例をまず紹介しよう。それは、ブルーチーズと黒にんにくのペーストを厚切りのハムで挟んで揚げた「ブルーチーズハムカツ」に、「民宿とおの」のとろりと濃厚などぶろくを合わせるというもの。
「ハムカツにどぶろくというと、皆さんすごく驚くので『どぶろくをソース代わりと思って飲んでください』と言うんです。最初はけげんな顔をされていた方も、ひと口でぱっと笑顔に変わります」と千葉さん。ハムカツのしっかりとした塩味と、衣のカリカリとした食感の隙間に、どぶろくのとろりとしたテクスチャーと粒々感が入り込み、口の中で味わいが完成する。いわば、どぶろくがマスタードのような働きをしているともいえる。千葉さんいわく、酒が料理の隙間を埋めるペアリングだ。
次に、「桃とキウイの白和え」に新政酒造のGEM by motoオリジナルとの組み合わせ。分類すれば、味が似たもの同士のペアリングといえる。それは、濃い味わいには濃い酒、甘酸っぱい酒肴(しゅこう)には甘酸っぱい酒といった、マリアージュの基本だが、千葉さんの似たもの同士はさらにその先をいっていて、桃のようなフルーティーな香りがする酒に、実際の桃を合わせている。日本酒にフルーツのような香りが多く存在していることは、第1回目の香りの表現で話したが、まさに新政のGEM by motoの桃の香りに、桃とキウイを合わせているわけだ。
3つ目は「ラム肉の酒粕味噌漬け スモーク焼き」に木戸泉のアフルージュ マシェリを合わせた例。やや癖のあるラム肉を酒粕で漬け込み、しっかり味をのせてから焼いたのちに、スモーク香をまとわせた複雑な料理で、かめばかむほどにうまみがあふれてくる。
一方、木戸泉のアフルージュは、純米酒をシェリー樽で3年熟成させた酒で、日本酒というよりはブランデーのような感覚で、ドライアプリコットや蜂蜜のような甘い香りと味わいが魅力。そうした濃潤な酒を、酒粕と味噌の甘い味わいに燻製の香りをのせたラム肉を合わせたわけだ。
「このペアリングの背景には、時間軸の意識というのがあります。酒は熟成するとフレッシュな香りが落ち着いてなめらかなテクスチャーが生まれ、日本酒独特の苦みも現れ、味わいが濃くなります。こうした時間を経たもののみが持つ、熟成した酒のうまみを、豊かな料理のうまみにぶつけると、とても面白いペアリングが生まれるのです」と千葉さんは言う。
そのほかにも、対照的なもの同士を合わせるパターンとしては、いかのわたに薄濁りの発泡酒を合わせるペアリングなどがよい例で、まったく方向性の違ううまみが逆にぴたりとはまる。また、温度を上げて日本酒の酸味を立たせれば、肉の脂肪分を切ることもできるし、だしがベースの料理にうま口の酒を合わせて、余韻を長く楽しむというような合わせ方もあるという。
このように味から温度の変化まで、幅広い顔を持つ日本酒と料理のペアリングは実に多彩で楽しく、これまでに味わったことのない味覚世界を体験することもできる。いままでなんとなく合わせていた酒と肴(さかな)を、どんな酒が合うのか、どんな料理との相性がいいのか、そんな理由を少しだけ考えながら飲んでみると、もっと日本酒を楽しむことができるはずだ。
プロフィル
千葉麻里絵
山形大学で食品の物質工学を学ぶ。利き酒師の資格を取得したのち、各地の蔵元へ通い、また、酒類総合研究所の研修で専門知識を身につけ、2015年「GEM by moto」を立ち上げる。著書に『日本酒に恋して』(主婦と生活社)、『最先端の日本酒ペアリング』(旭屋出版)。
Photograph:Takahiro Imashimizu
Text:Hiroko Komatsu