特別インタビュー

筆記具の名門「パーカー」の真価とは?
創業家ブランドヒストリアンが語る、哲学と日本について。

2020.02.27

 筆記具の名門「パーカー」の真価とは?<br> 創業家ブランドヒストリアンが語る、哲学と日本について。

1888年に英国でジョージ・サッフォード・パーカーによって創業された筆記具の名門ブランド「パーカー」。エリザベス女王とチャールズ皇太子から、ロイヤルワラントの認定を受けるなど、130年以上にわたり輝かしい歴史を刻んできた。現在、銀座 伊東屋 本店で、ブランドの本拠地であるロンドンのミュージアムに保管されている貴重なコレクションのなかから厳選された逸品を展示する「PARKER Tokyo Museum 2020」が開催されている。これに合わせて来日した創業者の曾孫で、ブランドヒストリアンであるジェフリー・サッフォード・パーカー氏に、ブランドの歴史や日本とのつながり、今回のイベントの意義について語っていただいた。

パーカーの礎となった3カ条。

——まず、ジェフリーさんご自身の経歴をご紹介ください。

ジェフリー 私の曽祖父ジョージ・サッフォード・パーカーは、筆記具ブランド「パーカー」の創業者です。このファミリーに生まれたので、私の体にはインクという血が流れています(笑)。私たちは、創業以来130年以上4代にわたり、筆記具に情熱を注いできました。「パーカー」を代表するものとして、それを継承し伝えていく義務があると思っています。

ですが大学を卒業するとき、私自身はファミリービジネスである「パーカー」での仕事を望んだものの、父は別の職業、特に小売業の世界で経験を積むことを勧めたのです。

ミック・ジャガーも『You Can’t Always Get What You Want』という曲で、こう歌っていますよ、「いつだって欲しいものは手に入るわけじゃない、でもトライしていくうちに本当に必要なものが見つかる」ってね(笑)。以降、さまざまなビジネスの立ち上げを経験することになります。レストラン、ワインの輸入販売、自動車販売、オーディオショップ、スモールホテル……。

こうしたなかで、顧客からの評価を得ることの大切さや、感謝を忘れないことを学びました。評価というものは、買うことはできません。何もないところから、評価を確立することはとても難しい。改めて外から「パーカー」というブランドを眺めたときに、130年もの歴史のなかで評価を揺るぎないものにしてきたことに認識を新たにしました。

曽祖父ジョージ・サッフォード・パーカーは25歳のときにビジネスを始めましたが、当初から3つのことを金科玉条としてきました。1つ、最もよい素材を用いること。2つ、卓越したクラフトマンシップを追求すること。3つ、常に革新を目指すこと。その精神は、現在に至るまでパーカーの礎となり、評価を得る源泉となっているのです。

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——ジェフリーさんが、改めて「パーカー」のビジネスに関わるようになった経緯を教えてください。

ジェフリー 「パーカー」というブランドがファミリーから離れ、さまざまな経営上の変化が起こる中で、ある時期の経営陣は、「パーカー」の歴史の重要性を必ずしも理解していたわけではなかったと思います。しかし現在は非常にいい状況にあると感じています。何をなすべきかは非常に明確です。

そんななかで、歴史の重要性の気づいたあるマネージャーが、父が亡くなって間もなく、私にコンタクトしてくれました。なにしろ私は、「パーカー」の歴史そのものですから(笑)。私が生まれる以前に、曽祖父は亡くなっていましたが、彼の妻である曾祖母は、私が21歳まで健在でした。彼女は、いろいろなストーリーを聞かせてくれましたよ。

こうして1995年から再び「パーカー」の一員となり、2011年からはブランドヒストリアンという特別な役職に就任しました。私のもとにあったファミリーコレクション、すなわち手紙、写真、ペンなどなどを整理して、会社が所有していたアーカイブに付け加え、さらに充実させることに従事しました。それは、いまも継続しています。つまりパーカーの“オフィシャルなおじいさん”という立場になったというわけです(笑)。

パーカーの歴史を彩る逸品を堪能する。

——今回、銀座 伊東屋 本店で「PARKER Museum Tokyo 2020」が開催され、アーカイブのなかから、日本初公開となる貴重な万年筆なども展示されています。このイベントの意義をどうお考えでしょうか。

ジェフリー ロンドンにはパーカー・ミュージアムがあり、7000本以上のペンをはじめ、プロトタイプ、カタログ、ポスター、広告、写真、手紙類などなど膨大なアーカイブ・コレクションを所有しています。その中から象徴的なものを選び、日本でもより多くの方にパーカーの歴史を知っていただけたらと思ったわけです。

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——ジェフリーさんが、最も重要だとお考えのペンはどのモデルでしょうか?

ジェフリー 最近、おもしろいことを言ってくれる人がいました。「パーカーはデモクラティックな筆記具ブランドだ」と。なぜなら、「パーカー」には代表作とされる『デュオフォールド』のような比較的高価格のものがあれば、手に取りやすい製品もあり、お客さまの好みや必要に応じて選んでいただけますから。

好みというものは私たちが作るものではなくて、お客さま自身がお持ちものです。その声に耳を傾け、あらゆる選択肢をご用意することが、私たちの仕事なのです。あなたが使いたいと思うペンこそが、一番重要なペンと言っていいでしょう。

私からすれば、すべてのペンは自分の子供たちのような存在ですから、どれが私のフェイバリットかは申し上げられません。だた、貴重なものということで挙げるならば、「スネークペン」でしょうか。1907年に作られた、ベスト・オブ・ベストと言うべき存在です。

ペン本体にスネークが巻き付いたような装飾が施されていますが、20世紀初頭の最も優れた職人技を見ることができます。今日までにさまざまな進化がペンにもたらされましたが、当時の最高の技術は、現在でも十分なる驚嘆に値します。

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当時、何本製作されたのかは定かではありませんが、私自身は今回展示しているもの以外に、3本を目にしただけです。

このペンが誕生した1907年当時、創業者のジョージは44歳で、ますます精力的な取り組みを見せる時代のただ中にありました。このころから、彼は世界各地に旅をし始めます。まだ見ぬ土地の文物に触れ、人々と語らい、そこからたくさんのインスピレーションを得て、モノづくりにも生かしていきます。

メキシコを訪れた際には、美術館でアステカ風の蛇のデザインに、強い印象を受けています。それが「スネークペン」にも影響を与えたようです。

——「パーカー」と日本との絆は、いつ頃から築かれてきたのでしょうか?

ジェフリー 曽祖父は世界各地を旅する中で、日本にも5回足を運んでいます。当初は、アメリカと日本の文化の違いに興味を抱いていたようですが、日本の地を踏み、人々と触れ合う中で、実は自分たちとよく似ていることに気づくのです。

日本人はクオリティに対する意識が高く、クラフトマンシップに敬意を払い、革新的な精神も持ち合わせている。「パーカーの哲学と同じじゃないか?」と。まるで新しい我が家を見つけたような気持ちになったと、ジョージは語っています。

日本からのインスピレーションで誕生したペンもあります。よく知られているのが、黄色いボディの「デュオフォールド マンダリンイエロー」です。夫婦で京都を訪ねた際、曽祖父が黄色の七宝焼きの花瓶にひと目ぼれしたのだそうです。そこで、この色調をまとわせようとして1927年に誕生したのが、このペンです。

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曽祖父は好奇心旺盛で、新しいものや人と触れ合うのが大好きでした。すべてが、彼の好奇心の産物と言うことができるでしょう。私も旅が大好きで、日本にも今回が6度目になります。来るたびに新しい発見があり、インスピレーションを受けています。日本は心地よく、人々はフレンドリーで、自分の肌に合うように感じています。

——マーケットとしての日本は、「パーカー」にとって、どのような存在でしょうか?

ジェフリー 曽祖父が感じたのと同様に、現在も日本はクオリティ、クラフトマンシップ、イノベーションへの意識が高く、非常に成熟したマーケットだと思います。

日本には、欧米に比べると、まだ手書きの文化が多く残っていることも重要です。EメールやSNSが主流の時代ですが、日本人はデジタル・コミュニケーションとアナログ・コミュニケーションの違いを、よく理解しています。現代では両方が必要ですが、手書きの文字や手紙には独特の味わいがありますから。
手で書くという行為は、私にとっては落ち着きを与えてくれるものです。言葉を注意深く選びながら自分の考えをまとめ、より心のこもったメッセージを送ることができます。それに手書きの手紙は50年後も残っていきますが、Eメールだったらどうでしょう?

最近、アメリカでも、若い人たちが万年筆を見直す傾向にあるんです。今後デジタル・コミュニケ—ションが進んでいく中でも、「パーカー」の未来は明るいと考えています。私はストーリーテラーとして、ジョージに始まる4代にわたるスピリットを語り継ぎながら、未来の「パーカー」を見守っていきたいと思っています。

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「PARKER Tokyo Museum 2020」を記念する限定モデル「デュオフォールド Tokyo Museum 2020 センテニアル万年筆 リミテッドエディション」。ジェフリー氏いわく「パーカーのヒストリカルカラーのなかでも最も人気の高い1920年代のラピスラズリからのインスピレーションによる深いブルーが特長です。「パーカー」と伊東屋との強いパートナーシップを表しているものでもあります」。「パーカー」の誇るチーゼリング技術によって、ボディにエングレーブされた繊細な「シェブロン」模様も優美。伊東屋のビンテージロゴをモチーフとする天冠を採用。
限定100本。伊東屋のみで販売。¥100,000。

プロフィル
ジェフリー・サッフォード・パーカー
パーカー ブランドヒストリアン。1948年、パーカー創業者の曾孫として生を享(う)ける。アメリカのウィスコンシン州およびフロリダで育ち、スイス遊学などを経て、ミルトン・カレッジでビジネスの学位を取得。一家が経営するオムニフライト・ヘリコプター社に勤務し、ITシステムの設計・導入に従事。以降、ファミリーから独立し、レストラン、小売業、ホテルなど、起業家としてさまざまなビジネスを展開。父ダニエル氏の没後、改めてパーカーのビジネスに参加。現在はパーカー ブランドヒストリアンとして、ブランドのコンサルティング、アーカイブの整理や歴史を広く伝える仕事に従事している。

インターネットで会場内を体感できる「PARKER Tokyo Museum 2020」を公開! はこちら>>

Photograph:Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)
Text:Yasushi Matsuami

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