腕時計

ジャガー・ルクルト×スイスの現代美術家ZIMOUNが生み出したものとは?

2020.12.24

600年以上前、教会や市庁舎の鐘楼で打ち鳴らされる鐘の音で、人々は時を知ることができた。つまり音と時とは、古くから密接に関わりあってきたのである。

スイス時計業界の中でも屈指の技術力で知られるジャガー・ルクルトは、その歴史を踏まえ、音と時とつなぐメカニズムを継承・発展させ続けてきた。1870年に初のミニッツリピーターを開発して以来、グラン・ソヌリやウェストミンスター・チャイムなどのさらに高度なものも含め、チャイム機構のキャリバーは200以上にものぼる。またジャガー・ルクルトを象徴するアラーム機構、メモボックスも同社と音との深い絆を示すものだろう。

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そんな自負から、ジャガー・ルクルトは2020年に“サウンドメーカー”というテーマを掲げた。ミニッツリピーターのみならず、天体表示やオービタル・フライングトゥールビヨンをも備えた『マスター・グランド・トラディション・グランド・コンプリケーション』を筆頭に、アラーム機能を備えた『マスター・コントロール・メモボックス』、『マスター・コントロール・メモボックス・タイマー』、『ジャガー・ルクルト ポラリス・マリナー・メモボックス』などを積極的に発表した。

これにとどまらず、“サウンドメーカー”プロジェクトのハイライトとして、“音響彫刻”と呼ばれる音をテーマとしたインスタレーションで世界的に高い評価を受けているスイスの現代美術家、ザイムーンとのコラボレーションを実現させた。

彼は、シンプルな素材や工業部品を再利用したユニットを用いた音と動きのある作品で、これまでの彫刻や空間、時間の概念を再定義する。

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ジャガー・ルクルトからの依頼で制作されたインスタレーションは、その名も“THE SOUND MAKER”。同社が時計用の部品として用いる直径8㎝の薄い金属ディスク2000枚のひとつひとつが電線でモーターに連結され、72㎝四方のパネル上で一斉に回転する。金属ディスクがそれぞれ微妙に異なる角度やスピードで回転することで、複雑な音響効果や視覚効果が生み出される。

このコラボレーションがそのような経緯でスタートし、どのようなプロセスを経て、どのような意義を持ち得たのか。ザイムーンへの質問状に、本人が答える形での取材が実現した。

コラボレーションについてZIMOUNが語る。

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“音響彫刻”、サウンドアーキテクチャ、インスタレーションアートで有名なスイスの独学アーティストZIMOUN氏。

――あなたが、アーティストとしての活動をスタートさせたきっかけについて教えてください。また、現在のヴィジュアルとサウンドとを融合させたようなスタイルを築く上で、どんなアーティスト、カルチャー、自然環境などから影響を受けたでしょうか?

ZIMOUN 私は10代のころから、音楽、アート、建築、構造物、生活様式など、あらゆる分野において、特にミニマリズムに強い関心を抱いてきました。ほとんどすべてのものが、何らかの形で私のインスピレーション源になっています。自然、建築、社会、科学、哲学、工学、テクノロジー、挙動、こころ、さまざまな仕組み、構造……、挙げればきりがありません。

一例を挙げるなら、あらゆる分野の専門家には常に魅了されます。彼らは仕事に熱中し、その結果特定の分野で深い知識を身につけています。そういった人たちとの交流は、インスピレーションを与えてくれるものです。

――今回のジャガー・ルクルトとのコラボレーションはどのような経緯で始まったのでしょうか?

ZIMOUN “サウンドメーカー”というジャガー・ルクルトが2020年に掲げたテーマを記念して、彼らは時計とアートの間に存在する対話にフォーカスしたいと考えていました。そこで私に声が掛かり、新しい「音響彫刻」のインスタレーションを製作しようということになったのです。

――コラボレーションがスタートした時の率直な感想をお聞かせください。また、事前にジャガー・ルクルトに対してどのような印象を持っていて、コラボレーションを進めるなかで、それがどのように変化したか(あるいは変化しなかったか)、またコラボレーションを進めるなかで知り得た、ジャガー・ルクルトの特質や優れた点など、新たな発見があったでしょうか。

ZIMOUN ジャガー・ルクルトはアートに対する理解が深いこともあり、当初からとても好感を持っていました。創作に欠かせない“自由さ”もあるプロジェクトでした。

企業がアーティストと連携しようとするケースが、いつもこうであるとは限りません。私が作品を構想し、形にするために出発点を作ってくれました。そして、アートに関する決断は全て私に任せてくれました。これは大変重要で、また必要なことでもありました。

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――今回のインスタレーションの素材として、金属ディスクはじめジャガー・ルクルトから提供されたものがあったようですが、それらの選定はどのような形で進められ、そこからどのようなインスピレーションを受けたでしょうか。

ZIMOUN 素材を選ぶときのポイントのひとつは、私が基本的にシンプルさとミニマリズムに関心が向かっていることと関係があります。シンプルで手を加えられていない、ありふれた、純粋な素材が好きです。それらを「正直な素材」と呼ぶこともあるほどです。

こうした素材は、日常用や工業用であることが多く、特に見映えよく作られたものではありません。とはいうものの、これらは美しい見た目を目指して作られた素材より美しい場合が多い、というのが私の意見です。

ディーター・ラムス(編注;ドイツのプロダクトデザイナー。機能主義を代表するひとりで、家電メーカー、ブラウン社で活躍した)はかつて、こう言いました。「優れたデザインとは、最小限のデザインである」。私はこの考えに全面的に賛成します。

素材選びのもうひとつのポイントは、素材のダイナミクスや挙動、共振特性と深く関連しています。素材の選択は、視覚的、触覚的、機能的、聴覚的な基準に基づいているのです。

――このコラボレーションのなかで、チャレンジングであった点、逆にスムーズに進んだ点などについて教えてください。そして、その結果として、このインスタレーションに、どのような意味を込めることになったでしょうか。

ZIMOUN 最大の問題は、このプロジェクトの立ち上げが、コロナ禍とまさに時を同じくしたことです。今回もそうですが、大規模で野心的なプロジェクトには、各地から様々な人が参加するため、連携とコミュニケーションはとても大切です。

コロナ禍によって、さまざまなプロジェクトで関係者全員に、想定外の負担がかかりました。特に文化の分野では、ほとんどすべてのプロジェクトが直前になって中止のやむなきに至りました。しかし、ジャガー・ルクルトとのプロジェクトでは、幸運にもそのようにはなりませんでした。

ジャガー・ルクルトがこのプロジェクトから手を引かず、コロナ禍のなかでも冷静さを保ってくれたことにとても感謝しています。このような対応は、昨今ではなかなかできることではありません。最終的に作品が完成したことに、関係者の誰もが驚かされ、感嘆しました。今回のコラボレーションに参加できて本当によかった。コラボレーションの成果にもとても満足しています。

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――同じ「音」を用いた装置でも、ミニッツリピーターなどの時計のチャイム機構の場合、精緻にオーガナイズされたシステムを有し、正確な時刻を知らせるという機能を持っています。一方、あなたのアート作品からは、精緻さが求められる一方、整然と混沌が共在する世界観を感じます。一見、両者は対極に位置しているようにも感じますが、その点が、このコラボレーションを成立させる上で、どのように作用したか、お考えを教えてください。

また、作品作りに対する考え方やスタンスなど、あなたとジャガー・ルクルトに共通する世界観や思いはありますか?

ZIMOUN 私は、さまざまなシステムに興味があります。私自身も、自分の作品でシステムを開発します。もっとも、腕時計とはレベルはまったく違いますが。私の作品では、精密であることが重要な役割を果たすことが、しばしばあります。ただし作品の生命感は、まさに手作業による微妙な逸脱や差異、不正確さなどから生まれてくるものなのです。ここが時計との大きな違いです。

時計では不完全さや不正確さは絶対に許されません。偶然と混沌は、時計では出る幕がありませんが、私の作品ではこれらは栄養源となります。つまり、私の作品と高級時計の製造の間には、共通点と根本的な相違点の両方があるのです。今回のようなコラボレーションは、その点で特に魅力が増しているように思えます。

また、私の作るシステムでは、多数の独立したパーツによる相互作用が前面に打ち出されています。数多くのパーツが合わさって、大きな全体が形作られるのです。私の作品は大きなものになりますが、ジャガー・ルクルトでは、これを極小の空間で行っています。このように、類似点と相違点が数多く共存しています。このことで、今回のコラボレーションは多面的かつ魅力的になっています。

私は、空間を構成する要素としての音に興味があります。空間を創るための音だけではなく、何らかの形で、ある空間を占有し、その空間と影響しあう音です。また、立体的な音の構造、音による空間の体験および探検にも心惹かれます。そうした音とは、あたかも建物のなかを歩き回るように、音響的に内部に入って探検することができる、ある意味静的なサウンドアーキテクチャを創るための音です。

概してこのプロセスには、パターンや反復、空間構成といったエレメントが関与します。例えば、私の作品では、同じ機械仕掛けのシステムを大量に制作することがよくあります。この場合、さまざまな意味で、反復に興味が向きます。まず期待できるのは、システムから生じる個体のダイナミクスです。つまり、大量に制作されたモジュールのひとつひとつが、独自の挙動を示すことがよくあるということです。同じ素材の同じシステムをベースとした、隣り合う多くのエレメントが、このように独自の挙動と個体差を見せるのです。

一方、大量に制作することには、作品の立体感という点からの関心もあります。例えば、大量の機械仕掛けのシステムから発生する音が空間全体に広がることで、立体的な音空間が生みだされます。そうした点では、たとえベースがほとんど原始的ともいえる、とてもシンプルな小さい機械仕掛けのシステムやエレメントを大量に集めたものであったとしても、音の構造は非常に複雑になり得るのです。

――今回のインスタレーションを、今後日本で体験できる機会があるでしょうか。また、今後、これをどんな場所で公開し、どんなメッセージを届けたいとお考えでしょうか。

ZIMOUN 今後、いくつかの世界の都市を巡回する予定はありますが、残念ながら日本では今のところ公開の予定はありません。私は自分の作品のなかで単一のメッセージや関連性を伝えることを目指してはいません。むしろ、様々な方向への議論や観察を可能にする、あるいは誘発するような空間や雰囲気を作りたいと思っています。

Text:Yasushi Matsuami

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