週末の過ごし方
21年目にして、欧米外からの覇者。ペルー「セントラル」の栄光。
2023.07.11

去る、6月20日、スペイン第3の都市、バレンシアで「世界のベストレストラン50」のアワードが華やかに開催された。場所は、「シティ オブ アーツ&サイエンス」。バレンシア出身の建築家、サンティアゴ・カラトバがいかんなくその感性を発揮した現代的な建物で、まさにガストロノミー界の今を評するにふさわしい舞台だった。今年で21回目を迎えるアワードは、世界5大陸、27の国と地域から、1080人の食の識者による投票により、レストランのランキングが決まる。2023年度のアワードは果たして、どんな結果になったのであろうか。
初の南米勢から頂点を極めた「セントラル」
なんといっても、今回のトピックスは、昨年2位、この数年5位前後を死守してきた、南米・ペルーの名店「セントラル」が1位に輝いたことだ。欧米以外の国が初めて頂点に上り詰めたという、記念すべきアワードとなった。これは、ある意味で食のダイバーシティの実現とも言えるだろう。「セントラル」のシェフ、マルティネス・ビルヒリオは、持続可能性を重視し、ペルー固有の食材を尊重しながら、自国の伝統への敬意を表現した料理を創作する。また、4年前にクスコに「ミル」をオープンし(世界一行きにくいレストランとも言われる)、そちらは夫人のピア・レオンが切り盛りしている。固有種野菜の復元や雇用を創生するなど、まさに二人三脚で社会活動にも熱心に取り組んできた。昨年、東京に「MAZ」を開き、話題になったが、今回の受賞で愛するペルーの料理を世界に広めるという夢がまた一つかなったともいえる。

世界各国に広がるガストロノミーの波
もう一つ、ベストレストラン史上初のトピックスといえば、ドバイから2軒がニューエントリーしたことだ。これまでの長い歴史の中で中東からの入賞はなかったことを考えると、これもまた、今回のアワードの象徴的なできごとといえる。なかでも「トレサンド スタジオ」は、いきなり11位へのランクインと、数あるレストランをおしのけてのジャンプアップ。昨年まで美食のデスティネーションとは多くの人が考えていなかったドバイが、いきなりフーディの標的と化したのだから驚く。これは、一昨年、ミドルイースト&ノースアフリカアワードが設立され、その効果が早くも表れた証といえるだろう。現在の南米勢の活躍も、2011年にサウスアメリカアワードができたことにより加速した。つまり、「ベスト50」には食による地域創生の側面があり、これは大きな社会貢献と言えよう。
評議員の1/3が毎年入れ替わるシステムをとっている「ベスト50」では、計らずも順位の入れ替わりが激しくなり、それが面白みにもつながっており、今回はドバイを含む12軒のニューエントリーとなった。フランス、イギリス、タイ、メキシコ、ペルー、コロンビア、日本と広範囲な国からニューエントリーレストランが出ている。なかでも一つ印象的だったのは、フランスの「テーブル バイ ブルーノ ベルジュ」。ハイエストニューエントリー賞を受賞したこちらの店も、去年まで100位に入っていなかった。それが、いきなりの11位。独学で学んだフランス人シェフがシンプルで季節感のある、カジュアルな料理を提供し、パリの美食家の間で熱狂的なファンを獲得したとのこと。他にも、パリから1軒と、フランス最北部から1軒の新店がエントリーしたが、逆にフランスが誇る三ッ星レストランは、軒並み51位から100位に後退した。これもまた、一つの時代性であるのかもしれない。日本は、「アジアベスト50」でいきなり2位にランクインした「セザン」が37位に入った。
インバウンドを起爆剤に、再浮上したい日本
日本勢は、「傳」21位、「フロリレージュ」27位、「セザン」37位入賞、という、昨年が初の4店舗入賞と華やかな話題をふりまいたのに比べると、やや残念な結果に終わってしまった。日本のガストロノミー業界を牽引し続けている「NARISAWA」が惜しくも51位、昨年41位にランクインした「ラシーム」が60位と後退したのが、大きく影響している。ベスト50の評議員は、1年半以内に訪れた店にしか投票できないという規定があるので、この状況は、やはりコロナ禍の影響が大きく残っていたと考えられる。
アジア全体を見ても、トップがシンガポール「オデット」の14位。アジアベスト50で1位だった「ル デュ」が15位とは、欧州、南米に比べてアジアの評価が低過ぎると言わざるを得ない。その中で、オデットのジュリアン・ロイヤーシェフは、「シェフズ チョイス」というシェフが選ぶシェフ賞に選ばれており、ゆるぎのないテクニックが評価されたことは大変嬉しい。しかしながら、中国圏では、香港の「チェアマン」が50位で唯一のランクインと寂しい限りだ。コロナ問題、政治問題含め、アジアまでフーディーズが到達できなかったのが、2022年の現状なのであろう。
日本に限っていえば、今年のインバウンドの勢いを鑑み、来年に期待したいところだ。ただ、美食大国フランスやペルーのような国からニューエントリー店が複数入っているように(51位~100位のランクも含め)、日本にもそうした勢いのある後進が必要であろう。なかでも、自国の料理で勝負できる人材の登場を願わずにはいられない。
変わらぬスペインの強さと世界情勢
2023年のアワードの中でも、圧倒的な強さを見せているのがスペインだ。2位ディスフルタール(バルセロナ)、3位 ディヴェルソ(マドリッド)、4位アサドール エチェバリ(ビルバオ近郊)と、上位を独占している。このほかにも3店舗、全6店の入賞を果たしているのは世界最高だ。しかもスペイン各地からの入賞は、まさにその層の厚さを物語る。
その次に目立つのは、今回1位に輝いた「セントラル」を有するペルーだ。入賞は4店舗。日系料理を標榜する「マイド」の6位など、ペルーの食文化を色濃く表現した店が評価されている。逆にペルーの入賞店はリマに集中しており、リマが美食の都として、急成長してきたことがよくわかる。
また、ここ数年評価が高いのがイタリアだ。7位入賞の「リド 84」、16位「レアレ」、34位「ウリアッシ」、41位「カランドレ」、42位「ピアッツァ・ドゥオーモ」と5店舗。こちらは、北から南まで、また山から海まで各地に広がっており、地方料理の集大成である、イタリアらしい評価のされ方と言えよう。北欧勢が「ノマ」と「ゲラニウム」がベスト オブ ベスト(1度1位になると、ランキング外になる)となったため、デンマークからは「アルケミスト」の5位、スウェーデンの「フランツェン」30位にとどまっている。北欧ブームが若干落ち着きを見せたということなのかもしれない。
社会的貢献が大きく評価される特別賞
次に、個人の特別賞を見ていこう。「アイコンアワード」と評される功労賞を今年受賞したのは、モラキュラ料理以来のイノベーティヴの立役者とも評される「ムガリッツ」のアンドニ・ルイス・アドゥリスシェフだ。多くの日本人が修業した店でもあるが、後進の指導に熱心で、30年以上も世界のガストロノミーを牽引してきたシェフとしてふさわしい受賞であるといえる。
「ベスト フィメールシェフ」を受賞したのは、メキシコの「ロゼッタ」のエレーナ・レイガダスシェフ。NY、イタリア、ロンドンなどで多彩な経験を積んだのち、古い書物などに残るメキシコ料理の歴史を紐解き、古来の発酵技術を駆使したパンを焼くことから、オリジナリティに富んだ料理が始まった。メキシコもベスト50において常に評価が高い国だが、現在、最も注目されるレストランの一つだ。
「ベストペストリーシェフ」には、ランク外から、エクアドルの首都キトにある「ニューマ」のピア・サラザールシェフが受賞。既に「ラテンアメリカベストペストリーシェフ2022」を受賞しており、その勢いに世界が注目した。果物や野菜による実験的な料理で、エクアドルを料理界の地図に載せるという挑戦に成功した。
「ホスピタリティ賞」を受賞したのは、デンマークの「アルケミスト」。都市郊外の工業地帯の一角にあるレストランでのアーティスティックなダイニング体験が、スペシャルなホスピタリティとして評価された。
こうして、受賞傾向や受賞理由を分析してみると、「世界のベストレストラン」がガストロノミーの潮流を表しているだけでなく、年を追うごとに、社会問題、環境問題などに切り込んでいっていることがよくわかる。またトップシェフたち自身も、自分たちの発信力に責任を持ち、ガストロノミーによる社会変革を目指しているということも然りだ。食のアカデミー賞ともいわれるお祭り騒ぎとしての一面のほかに、社会的意味合いを強めていることにも要注目のアワードだ。