週末の過ごし方

Mr.イノベーティブ、天野尚を知っていますか?
【センスの因数分解】

2024.02.06

Mr.イノベーティブ、天野尚を知っていますか?<br>【センスの因数分解】
©Aqua Design Amano
天野 尚(2015年逝去)の最後の仕事となった巨大アクアリウム。

上の写真をご覧ください。男性が横たわるアクアリウム(水槽)が、いかに巨大か想像できるはず。生み出した人物こそ、ここに横たわる水景クリエイターの故・天野尚(あまの・たかし)です。全長40メートルと世界に類を見ない大きさですが、当人はこのスケールよりも遥かにダイナミックな人生を歩んでいます。

天野のふるさとは、新潟県西蒲原郡(現新潟市西蒲区)。鎧潟(よろいがた)という潟を遊び場として育ちます。水中の魚を観察し、虫と戯れ、上空を飛ぶ鳥を眺めた幼少期の体験は、彼の創造のすべての原点となったのでした。

最初のキャリアは競輪選手で、ほどなく現役として活躍しながら20代でアクアリウムショップ「アクアデザインアマノ(ADA)」を開業。ここから彼のイノベーティブ人生に拍車がかかります。

少年の頃に出合った美しく調和の取れた景色を水槽の中に再現すべく尽力。今は当たり前となった、光合成を促す水草用二酸化炭素ボンベを発案します。資材のデザイン性にも妥協しないことで、インテリアの主役になる画期的アクアリウムに。現在ADAは、世界の愛好者から敬愛のまなざしと共に支持されています。

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大判カメラを背負い、アマゾンの奥地へ歩みを進める天野。
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今はない、天野が捉えたアマゾンの息をのむ景色。

水景クリエイターとして次々に業界に革命を起こした天野には、風景写真家としての顔もありました。人のコントロールが及ばない自然の景色を求め、アマゾンへ通うようになります。傍らには常に大判フィルムカメラが。運ぶだけでも困難な機材を担ぎ、美しい姿を収めていったのです。大判フィルムを選んだのは再現性からでした。作品集のページをめくれば、大河に茂る木々の枝や、かすむ空の向こうの山のディテールまでが投影されていることに感嘆するでしょう。

彼の熱意は、メーカーまでも動かします。超大判カメラの代表といえばエイトバイテン。8インチ×10インチのフィルムカメラですが、より広角な風景写真のために、企業と共にその倍サイズ、8×20の超々大判フィルムカメラを開発するのです!

そんな姿を、至近距離で見つめてきたのがADAの大岩剛専務です。

「天野社長は、リスクなど度外視で、とにかく何事も自分を信じ邁進(まいしん)する人でした。経営者でありながら常に現場の最前線に立っていましたし、ネイチャーアクアリウムの一番のユーザーでもあったんです」

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彼の人生と多くの作品が収められた『創造の原点』は、ADAのサイトから問い合わせが可能。https://www.adana.co.jp/

秘境を幾度となく訪れるという経験から、天野は手つかずの自然の姿がいかに調和が取れ、いかに美しいかを実感していたようです。著書では“禅”や“ 侘寂(わびさび)という言葉を用いています。つまり日本庭園の世界を誰の手も借りずに自然が生み出している様を、己の目で見届けているのです。それをベストの機材で記録し、水景クリエイターとして再現に注力したのでした。

道を開くものの手には、マニュアルブックはありません。きっと数え切れないトライ・アンド・エラーの末に導き出された道を進んできたはずです。しかも経営者として、企業を運営する身でありながら、その目はマーケットではなく、自然の美に焦点を当てているのです。

市場ニーズ、採算、リスク、生産性……ビジネスにおいて頻繁に聞かれる単語たちより前に、天野にはまず自身が美しいと思い、心が動くようなものを生み出したいという勇気と情熱がありました。いつ結果が出るかわからない方法でも、自身を信じ、スタッフをリードしてきたのです。その原動力とはどこにあったのか。大岩専務はこう言います。

「努力は夢中に勝てない。これは社長がよく口にしていた言葉でした。好きなことを夢中でやっているとき、人は時間を忘れます。そういう人から生み出されたものには、頑張って何かに時間を割くことで出来上がるものはかなわないのだと。また彼は美しい景色こそが、人の心を動かすのだとも言っていました。だから環境が破壊されるさまではなく、いつまでも眺めていたくなる風景を求め、レンズを向けていましたね。その姿勢は、ADAという企業の原点となっていると思います」

だからでしょうか。天野作品の中にあるアマゾンは、一般的に想像する姿ではなく、清らかな水と鮮やかな緑を抱く静謐(せいひつ)の中にあるものがほとんどです。

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企業とは自然を破壊する存在と地元の人たちに思われてはいけないと、本社屋の敷地には多くの植林を。今では立派な雑木林だ。

また社屋も建物の面積は、敷地のわずか1割。社員総出で植樹や植栽を施し、今では立派な雑木林となっています。開発のためにあえて森を伐採して高層ビルを建築するメインストリームとは全く逆を、天野は経営トップとして進めていたのです。

発明から開発、そして美しいクリエーションを夢中のままに進めた天野尚。その道に心がざわざわざわっと波立つ人物は、きっと少なくないはずです。

<<その後の坂本龍一

「アエラスタイルマガジンVOL.55 AUTUMN/WINTER 2023」より転載

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