特別インタビュー
水上恒司、感性を刺激する旅へ。 【後編】
─マセラティ MC20 チェロを駆けらせ、八ヶ岳を目指す─
2024.05.16
実力派の若手俳優、水上恒司。本名での再出発でさらにギアを上げている。出演作が続く多忙な日々のなか、マセラティで小淵沢へワンデイトリップ。大人のリゾートでアートを発見する。
水上にとって転機となった作品のひとつが、NHK大河ドラマ『青天を衝け』だという。主人公・渋沢栄一の養子で、悲劇的な死を遂げた平九郎。新政府軍の襲撃で満身創痍となり、崖の上で笑みを浮かべながら、「花と散らん」と叫んで切腹するシーンは圧巻だった。
「平九郎はもともと草木や鳥と生きていた農民でしたが、時代の流れから武士となり、人の命を奪う立場となる。だから自らも同じように殺されることが当然と思える──。そう解釈できたからこそ、あのセリフが言えました」
映像で平九郎が人を斬る過去の描写はなくとも、裏側まで読み込み、血肉化していく。演じる人物にリアルな陰影が生まれることが飛躍の理由のひとつに違いない。
「『あの花が咲く丘で~』での特攻隊員も、日本は唯一の被爆国というだけでなく、同時に他の国にも被害を与えたんだ──そんなことを常に意識していました」
クライマックスの出撃シーン、現代からタイムスリップしてきた女子高生に向けて、コックピットから彼女の名にちなんだ百合の花を見せるが、そこで見せる澄み切った笑顔も印象的だった。
キース・ヘリングのアート裏側にある社会意識とは
今回訪れたホテルキーフォレスト北杜は、「縄文人がつくった現代建築」というコンセプトで設計された。台形の意匠を随所に採り入れたデザインはまるでトリックアート。館内にも現代作家の作品が飾られ、くつろぎとともに感性を刺激する。そしてもうひとつ見逃せないのが、隣接する中村キース・ヘリング美術館だ。900点以上のコレクションを備えた、世界でも屈指のミュージアムとして認められている。オフには絵を描くことが多いという水上も、ヘリングのポップなセンスと共に社会へのスタンスに共感を覚えるという。
キース・ヘリングは80年代に活躍したアーティスト。ニューヨークの地下鉄構内にある広告板を使ったサブウェイ・ドローイングで注目を集めた。絵が大好きな子どもが描いたようなみずみずしくカラフルなタッチで、瞬く間に国際的な評価を獲得する。31歳で夭折後、30年たった今もファッションアイテムに使用されるほどアイコニックだが、一方で自らの命を奪うことになるHIV・エイズ予防の啓発、児童福祉活動にもワークショップなどを通じて意欲的に取り組んだ。ビビッドなポップアートの下地に塗り込まれた奥深い社会意識が、没後34年の今も胸を打つ。
「僕と同世代の若者の多くには、時代や世界への反抗や反骨精神が見られない気がします。そうしたエネルギーと生きるパワーを持つヘリングの作品にひかれますね」
旅はただの休息ではない。感性を刺激する人生の幕間だ。日常を離れ、さまざまな発見が、昨日まで知らなかった地平へと導く。そして積み重ねられた気づきは頑なさをほどき、仕事や生活をよりフレキシブルにする「余裕」という遊び(プレイ)をもたらしてくれる。
「またここに来たいですね。そのときはスマホを持たないで過ごそうと思います」
撮影の終わり、水上はそう言って笑った。スピードとアートの旅が、若い才能に何をもたらしたのか。多分それはこれからの「演技(プレイ)」に垣間見えるはずだ
水上恒司(みずかみ・こうし)
1999年生まれ、福岡県出身。2018年にドラマ『中学聖日記』で俳優デビュー。19年『博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?』で初主演を務める。大河ドラマ『青天を衝け』、映画『死刑にいたる病』などの演技で評価を集める。22年9月、本名に改名。映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』、NHK連続テレビ小説『ブギウギ』のほか、4月からはドラマ『ブルーモーメント』に出演する。
All Keith Haring Artwork ©The Keith Haring Foundation Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection
取材協力/ホテルキーフォレスト北杜、中村キース・ヘリング美術館
Photograph: Satoru Tada(Rooster)
Styling: Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up: Rina Kajiwara(HAKU)
Text: Mitsuhide Sako(KATANA)