週末の過ごし方

プリントとは愛なり
巨匠たちが厚い信頼を寄せた伝説のプリンティングディレクター
【センスの因数分解】

2024.06.20

プリントとは愛なり<br>巨匠たちが厚い信頼を寄せた伝説のプリンティングディレクター<br>【センスの因数分解】
永井一正がグラフィックデザインをした富山県立近代美術館のポスター。熊倉PDとのコンビは、彼が逝去するまで続いた。

“智に働けば角が立つ”と漱石先生は言うけれど、智や知がなければこの世は空虚。いま知っておきたいアレコレをちょっと知的に因数分解。

ギャラリストから展覧会成功のいかんは「展示がカギ」と聞いたことがあります。グラフィックならば、“展示”はさしずめ印刷ではないでしょうか。どんなに素材が良くても、その色や質感がプリントされていなければ、作品として台無しになります。だからこそ、ポスターやビジュアルブックにおいて、印刷は最重要項目となるのです。

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昨年急逝した熊倉桂三PDの遺志は、YPPの若手たちにも受け継がれているという。

「富山に伝説のプリンティングディレクターがいる」。印刷の世界とつながりを持つ人たちの間で、そううわさされる人物がいました。山田写真製版所(以下YPP)のプリンティングディレクター(以下PD)だった故・熊倉桂三です。凸版印刷でキャリアを積み、亀倉雄策、田中一光や勝井三雄といった日本を代表するグラフィックデザイナーから厚い信頼を受け「ご指名PD」として活躍した人物。彼が第二の人生の場として選んだのが、富山市に本社を構えるYPPでした。

「熊倉は凸版印刷時代に、富山県立近代美術館が開催していたポスター展に関わっていたことが知り合うきっかけです。当時わが社は製版会社としてスタートしましたが、総合印刷会社として舵を切ろうとしていた過渡期でした。質の高い印刷を仕上げるためにはPDの力が不可欠と、先代社長が熊倉をわが社にと声をかけたのです。2007年のことです」

と、山田秀夫社長は言います。YPPは熊倉PDのために住まいまで用意。東京と富山の二拠点生活を続けながら、YPPを印刷の世界で知らぬ者はいない企業へとけん引します。そして永井一正や田名網 敬一、佐藤 卓、上田義彦といった日本のトップクリエイターたちの作品を手がけていきます。その過程を間近で見てきた現場は、大いに触発されたのです。

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熊倉がPDを務めたビジュアルブックの数々。特に黒の迫力は他の印刷と一線を画すのが、ひと目でわかる。質の高い仕上がりから、小ロットであっても豪華なビジュアルブックは、YPPが印刷を手がけるメインジャンルのひとつとなっている。
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「求められていることに応えるまでトライし諦めないこと、初期の段階から高い完成度を目指すことなどを自ら手本となって見せてくれました」と、現場にて彼のもと、研鑽(けんさん)を積んだYPPの面々は異口同音に話します。

そんなプロ中のプロであり、名人であったPD熊倉桂三の「オハコ」と言えるのが、黒の印刷でした。印刷とは基本、網点といって細かい点を紙にのせることで色を表現します。その際、網点で最も再現が難しいのが、最も濃い色=黒なのです。熊倉は「網点100を超える黒」を常に目指していたそうです。データ上、常識的には不可能と思われる仕上がりに挑戦し、不可能を克服しようと動くのが、彼の変わらぬ姿勢でした。

印刷業界が縮小傾向にあるのは、多くの人が知るところです。しかし印刷を極めた人物と共にスキルを高めた企業には、その技術力にとどまらない未来の可能性が生まれていたのでした。

「熊倉PDとの縁から、美術館の学芸員やデザイナー、写真家との価値あるネットワークが生まれました。これも弊社の財産です。今後は印刷を中心に据えながら、そこから派生した情報やソフトの発信も意識していきたいです」と、山田康智取締役。

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没後に制作された熊倉のメモリアルブック。表紙には彼の信条が。

熊倉PDは生前、理念として「仕事は愛を持ってやりなさい」と仲間に話していたと言います。その愛は、美しい印刷としてだけでなく、新たなビジネスの芽吹きへと姿を変えているのです。

「アエラスタイルマガジンVOL.56 SPRING/SUMMER 2024」より転載

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