週末の過ごし方
ワイン畑でつかまえて。【後編】
―岸谷五朗が綴(つづ)る物語―
2024.12.13
俳優・岸谷五朗が綴る小説に、そこからインスパイアされたビジュアルストーリーを添えるシリーズ企画。上質なワインに触れ、「ツマラナイ」と思えた人生が……。
タマラナイ人生。[後編]
作・岸谷五朗
リゾナーレ八ヶ岳。圧倒的な自然の雄大さのなかに、ハサミで切り取ったような建造物が君臨し、その融和の発想力に度肝を抜かれ感動する。私はかつて、この素晴らしいロケーションにも気づかず、「ツマラナイ人生」を生きてきていたのだと再確認させられる。
心落ち着く木目のアーチに誘われ、ダウンライトのテーブルに。今宵、セラーに並ぶ圧倒的な数のワインのなかから選ばれたのは、月明かりの下でしか摘むことが許されない葡萄で造られたという「月香シャルドネ」だ。
洗練された所作でソムリエが抜栓、サーブ、そして口に運んでみる。静かに口内を漂い、ゆっくりとそれでいて強く主張し始め、私の瞳は自然に閉ざされていく。聞こえてくる幼き子どもたちの声、見えてくる妻の笑顔、ワインが促し、超えて行く時空の壁……。特別な波のプールで久しぶりの水着に照れる妻、ジブリのような森の世界と数々のアトラクションにはしゃぐ子どもたち……、皆が笑っている! ワインの時間が、私の過去を溶かしていく。思い出という宝をかみしめ、夕刻のワイン畑
を呼吸……。気付けば、私も笑っていた!
特別な場処と時間が本当の人生を私に教え、蘇(よみがえ)らせてくれる。リゾナーレ八ヶ岳は「ツマラナイ人生」を、類をみない「私だけの人生」であったことに気づかせてくれた。
どれくらい瞳を閉じていたのであろうか……。ワインの横に、小さな一通の手紙を見つけた。
「ゆっくり、ゆっくり、くつろいでくださいね。このワインは奢(おご)りです。ご苦労さまでした、お父さん」
子どもと妻からの手紙であった。「ツマラナイ人生」は、何だか「タマラナイ人生」であった。マンザラでもないじゃないか!
岸谷五朗(きしたに・ごろう)
東京都出身。1983年、大学在学中に劇団スーパー・エキセントリック・シアターに入団、舞台を中心に活動をスタート。94年に寺脇康文とともに演劇ユニット「地球ゴージャス」を結成、すべての作品で演出を手がけるほか、ほとんどの作品で脚本も執筆、累計120万人の観客動員を超え、テレビ・映画でも多彩な活躍を見せる。
ジャケット¥319,000/ジャンフランコ ポメサドリ、ニット¥48,400/ドルモア(ともにバインド ピーアール 03-6416-0441)、シャツ¥27,500/バグッタ(トレメッツォ 03-5464-1158)、パンツ¥51,700/ ピーティートリノ(PTJAPAN 03-5485-0058)、シューズはスタイリスト私物
Photograph: Yuji Kawata(Riverta Inc.)
Styling: Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up: Madoka Takamura