週末の過ごし方
ワイン畑でつかまえて。【前編】
―岸谷五朗が綴(つづ)る物語―
2024.12.06
俳優・岸谷五朗が綴る小説に、そこからインスパイアされたビジュアルストーリーを添えるシリーズ企画。上質なワインに触れ、「ツマラナイ」と思えた人生が……。
タマラナイ人生。[前編]
作・岸谷五朗
無我夢中であった……。人生を振り返り、出てくる言葉は?と聞かれれば、その言葉に尽きる。世間のために何ができるとか、世の中への貢献とは何だとか、そんな上等なことではなく、ただただ乗り遅れないように、取りこぼされないように社会にしがみつき、ぶら下がりながら、はみ出さないように生きてきた。つまり日本を代表する地味なサラリーマン。だから、私の人生を評価する女神や、AIシステムがあるとするならば、何の変哲も無い、特別取り上げる要素も無い、言わば「ツマラナイ人生」だと評価が下るであろう。
皆が結婚し始める頃に私も結婚し、皆が子どもの話題をする頃に子どもをつくり、つまり、皆に歩調を合わせて生きてきた、生きてきてしまった。そしていま……、65歳で皆と同じように会社人間に終止符を打つ。
思い出と言えば家族五人で行った旅行くらいか……。男の子二人が生まれた後に、女の子がどうしても欲しいと妻に懇願され、普通人間の私には乗りにくかった三人目の子をつくった。見事に誕生してくれた女の子に妻は初の子が生まれたように歓喜していた。そんな五人家族で訪れたのが、この八ヶ岳であった。
一番仕事の大変な時期であった私の思いは、早く東京に戻りたい……。それほど必死であり、子どもたちには悪いことをした。いまや成人して別々に暮らしている三人。……ここ最近、音沙汰が無い。
有り余った有給を使わなくてはならず、旅に出てみた。普通どおりの人生の私には、とっても珍しい行動で、妻もあんぐり口を開けながら興味無さげに見送ってくれた。一人旅などという「寄り道」は、人生でもちろん初めてだ。
後編(12月13日[金]公開予定)につづく>>
岸谷五朗(きしたに・ごろう)
東京都出身。1983年、大学在学中に劇団スーパー・エキセントリック・シアターに入団、舞台を中心に活動をスタート。94年に寺脇康文とともに演劇ユニット「地球ゴージャス」を結成、すべての作品で演出を手がけるほか、ほとんどの作品で脚本も執筆、累計120万人の観客動員を超え、テレビ・映画でも多彩な活躍を見せる。
コート¥166,100、ニット¥47,300/ともにタリアトーレ(トレメッツォ 03-5464-1158)、パンツ¥53,900/ピーティートリノ(PT JAPAN 03-5485-0058)、シューズはスタイリスト私物
Photograph: Yuji Kawata(Riverta Inc.)
Styling: Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up: Madoka Takamura