週末の過ごし方
信長が拓いた、霊峰の薬草園が育む茶とは?
【センスの因数分解】
2025.07.09
“智に働けば角が立つ”と漱石先生は言うけれど、智や知がなければこの世は空虚。いま知っておきたいアレコレをちょっと知的に因数分解。

パンデミックによりレストランでのアルコール飲料の提供が制限されたこと。また中国や台湾のクリエイターの間で侘(わ)び寂(さ)びを意識した中国茶ブームが日本にも波及した背景から、お茶の楽しみは近年どんどん広がりを見せています。伊吹山春日薬草店の増元直人さんはあの織田信長が拓(ひらい)たという霊峰で、彼しかできないようなお茶づくりをしています。

「花火師として働いていましたが、大病を患い地元に戻ってきたんです。霊峰と知られる伊吹山には、信長が拓いた薬草園があります。そこは母方の地元でもあり、リハビリを兼ねて山を歩くようになりました。その延長で祖母がやっているお茶畑を手伝い始めたんです。そんななか茶葉づくりは後継者不足に悩んでいる現状を知りました」
そこで増元さんは茶畑を借り育てることにします。経験は一切なく、隣で畑をするおじいちゃんを見様見まねすることからスタートしたそう。試行錯誤するうちに、かつての仕事と今の仕事が一本の道に見えてきたと言います。

「信長の時代の薬草園だったという成り立ちから、ここでは火薬の原料であるよもぎなども作られていたんじゃないかと思ったんです。つまり先祖の土地は、お茶と花火の原料になる火薬が生まれた土地だった。そこで自分の花火師という仕事と今がひとつにつながったんです」

今年で10年になるお茶づくり。標高の高さが関係するのか、育てる地場品種には虫もつかず、無農薬自然栽培を実現しています。現在は店舗に卸すなどB to Bをメインとしつつも、資本を介在しない形での提供も行っているとか。
「以前は小売も行っていたんですが、価格やクオリティーの両立に対して、一人でやっている今の自分の状況ではかなわない、と実感しました。それから卸に舵を切ったのですが、お世話になった方とは好意の交換として、ギフトセットをお送りしています」

ギフトセットのために無農薬の茶葉を入れた茶壺やオリジナルの茶葉パッケージを制作しました。実はこの茶壺も、増元さんの現在の活動のひとつです。
「彫刻家の宮脇志穂がアートディレクターを務める陶器レーベルN/OHを立ち上げました。茶壺もそこの作品です。茶畑と、陶器レーベル、そして体調回復をきっかけに独立した花火プロデュース業という3本の柱で活動しています」
中世から嗜(たしな)まれていたお茶の世界。増元さんは、自身のルーツと呼応しながら独自のやり方を見つけてきました。先祖の地からキャリアを自由に行き来し、伝統を未来へつなげています。