週末の過ごし方
書家・根本 知さんと巡る
老舗の看板を読み解く
【第3回 月光荘画材店】
2026.06.19
書家・根本 知さんと巡る「老舗の看板を読み解く」。シリーズ第3回は、1917(大正6)年創業の画材店「月光荘画材店」を訪ねる。
銀座の一角に立つレンガ建てのビル「月光荘画材店」には、日本中から画家や学生、アートファンがオリジナルの絵の具や画材を求めにやって来る。
その看板の文字を書いたのは、明治の歌人・与謝野晶子。店舗に掲げられた鉄製の看板に店のシンボルマークのホルンと共に、「月光荘」の文字が鋳抜かれている。
「平安仮名を熟知した与謝野晶子らしい字ですね」と根本さん。「しかも、看板になる文字だと意識して書いている様子がわかります。ほら、月の左側の入筆がぐっと止まってたり、荘の文字に震えが見えるでしょう? ゆっくり書いている証拠ですね。看板は後世まで残るので、しっかり書かなくては、という思いが感じられます」と、早速、解説が始まった。
与謝野晶子が名づけ親の「月光荘」
そこに現れたのは、月光荘の主人、日比康造さん。ミュージシャンとしても活躍する日比さんが、店舗の地下にあるカフェ・MAISON GEKKOSOに案内してくれた。
「ここに飾られているのは、バーナード・リーチや猪熊弦一郎、藤田嗣治らの作品です。彼らと親交のあった月光荘創業者の祖父に、『おやじ、受け取ってくれ』と言ってお店に置いていった作品です」と日比さん。
そのなかに、与謝野晶子が創業者・橋本兵藏にあてた「月光の人」という短冊が飾られている。日比さんは「僕の祖父・兵藏をかわいがった与謝野鉄幹・晶子夫妻が、店の名付け親なんです。晶子が『大空の月の中より君来しや ひるも光りぬ 夜もひかりぬ』と詠んだ歌から、月光荘という名前が付きました」と語る。
額をおろしてもらい、根本さんの解説が始まる。
「月光と人という横書きの文字は、おそらく題字だったと思われます。箱の中に、この歌を書いた短冊が収まっていて、それに付したのでしょう。きれいな雲紙ですね」と根本さん。雲紙とは、料紙の一種で、紙の上下を藍または紫に染め、雲のような形に漉(す)いたものを指す。長い間に変色してしまっているが、その華やかさは十分伝わってくる。
読めなかった和歌が、いま明かされる
「文字が読めなくて、なんと書いてあるのか、僕も母親もわからないままなんです」と日比さん。短冊には、変体仮名で一首が記されている。
「この主 月の光を人の身に そえん 力をふかくたのめり」
根本さんが歌を読み解くと、スタッフからどよめきが。日比さんは「素晴らしい! ありがとうございます」と根本さんに握手を求めます。「月光荘の主人は、月の光のように人の心に寄り添う力を持っていて、信頼できる、といった意味ですね。古来、月は慈愛のシンボルでもありますから、創業者の兵藏さんは、心の優しい方だったのでしょう。それを晶子がこの歌に詠んだのですね」と根本さん。
与謝野晶子の文字の特徴は?
初めて『源氏物語』を現代語訳したことで知られる与謝野晶子。「平安仮名に精通していた晶子らしい書き方です。かなは柳の葉のように、細く入って中を豊かに、終わりはすっと抜けるように書きますが、晶子もルールどおりに書いています。しかも緩やかに動きつづける筆法で、お手本にしたいくらいです」
時代に合わせて使う文字をアップデート
加えて、晶子の字の特徴は脱力感にある、と根本さん。「歌いながら書いているような文字ですね。呼吸のリズムに合わせて書いている。肩の力が抜けているんですよ。また、当時の人が理解できるように、重要な『力』と『人』は漢字にしています。かなと違って漢字には概念(思い)がこもりますから、あえて漢字にしたのでしょう。平安の線を使いながら、時代に合わせてアップデートした書風を確立したと言えます」
帰り際に「自宅には晶子さんからの祖母宛の手紙もあるので、読み解いてほしい」と日比さん。再会を約束して、月光荘をあとにしました。
月光荘画材店
住所/東京都中央区銀座8-7-2 永寿ビル1階
Tel/03-3572-5605
営業/11:00~18:00(平日)、~17:00(土・日・祝)
根本 知(ねもと さとし)
書家、立正大学文学部特任講師、博士(書道学)。教鞭を執るかたわら、かな書道の講座を主宰。「グランドセイコー」リニューアルイメージ作品揮毫(2018年)、ニューヨークにて初個展「flow」(2019年)。NHK大河ドラマ『光る君へ』では題字と俳優の書道指導を担当(2024年)。「神田祭」題字揮毫(2025年)ほか。著書に『本阿弥光悦の書 宗達下絵との調和』(2026、雄山閣)、『10の法則で読む くずし字入門』(2025、淡交社)ほか多数。
Text: Kyoko Tomikawa (emu)
Photograph: Hiroyuki Matsuzaki (INTO THE LIGHT)