特別インタビュー

菊池武夫の現在地。
MAN OF LEGEND

2026.06.24

昭和、平成、令和……。いつだってタケ先生がお手本!

菊池武夫の現在地。1_01

「5歳のとき難病にかかってね、7歳までは生きられないと宣告されました。なのに、この年まで生きているのは奇跡。まだまだ元気だし、仕事に対する情熱もある。生きてるだけでラッキーなのだという感覚は、若い頃から何も変わってないですね」

そう穏やかに語るのは、世界に名を知られるデザイナー、菊池武夫である。ファッション業界人は敬愛の念を込めて「タケ先生」と呼ぶ。

86歳。年齢だけを見れば、人生を振り返り、功績を語る立場かもしれない。しかしタケ先生の時間軸は常に未来を向いている。

子どもの頃は、優等生に反発心を抱き、真面目が苦手で、天邪鬼だったという。「人の話は一応聞きますが、言われたとおりにやるのは嫌な性分でね。人が言ってることが正しいとも、役に立つとも思えないことが多かった。そんなんじゃ、やんちゃと言われても仕方ないね」

そう笑う目は少年のまま。

「でも年齢と共にとがったところがなくなってきたな。丸くなったっていうのか、昔ほど反発することがなくなった。中身が変わったというより、外に出なくなっただけだと思うんだけど」

かつての反骨心は消えていないが、いまも静かに息づいている。「時間は止めようもないけれど20年前のことも、すごく最近のことのように感じる。変化していくことは怖くないし、それを悩んだこともない。もちろん悩みがないわけじゃないけれど悩むことはしない。むしろ何があっても悩まないように生きてきたつもりだし。歩いて、頭をからっぽにして、目から入ったものに反応するだけ。そうやって生きてきたから、悩んでる時間なんてなかったね。長く生きていられる理由は、この性格のおかげなのかもしれない」

過去の成功にも、失敗にも縛られない。この軽やかさが、タケ先生の現在地を物語る。

2万2948歩、歩いて得るインスピレーション

かつてクルマ好きで知られたタケ先生の、いまの趣味は散歩だ。今日の撮影スタジオに、マネージャーを務める奥さまとふたりで、小1時間ほど歩いてこられた。

「僕の理想の散歩は、一回も歩いたことのないところを歩くこと。パリもロンドンも、裏通りばかりを歩いていた。東京にはそういう道がもうなくなってきちゃったね」

毎週行われる定例の会議にも、可能な限り公共交通機関を使わず歩いて向かうという。過去1年の1日平均は約8000歩。多い日は2万歩を超える。

その健脚ぶりに現場のスタッフが驚くと、ポケットからスマートフォンを取り出して歩数計を見せてくれた。すでに今日は1万歩を超えている。数日前には2万8948歩の記録があり、直近7日間の平均歩数は1万1709歩だ。

思いのままに歩き、思いのままに吸収する散歩は、タケ先生にとって自由な時間なのだろう。

菊池武夫の現在地。1_02

「僕は自由なんです。いつでも自由を欲してる。仕事もプライベートも自由でありたい」

視線を遠くに置いて静かに、しかし力強くそう言った。

散歩中は、どんなものが目に付くのだろう。タケ先生が気になるものって何ですか?

「そうだなぁ、この間、兜町で見かけたオリーブの古木は素晴らしかった。昔の銀行跡を再生した店の前にあったものだね。青山のトム・ディクソンの店前にも同じような古木があった。どちらも美しい造形だったね」

街路樹や草花などの自然物と共に、人工物にも刺激を受ける。

「建築も好きでね。フランク・ゲーリーの建築は、世界中見に行った。造形的に僕を刺激してくれるものに、すごく惹かれる」

かつて趣味だったクルマも、すべてデザインで選んでいた。

「性能とかは二の次だね。最近見たクルマだとトヨタのセンチュリーは美しかったな。ミニカーをコレクションしてるんだけど、美しいものだけを集めてるから」

横で話を聞いていた奥さま「数を集めたがるじゃないですか」と口を挟む。

「いや、集めたがらない。美しいやつだけでいい」

夫婦漫才のようなテンポで返すおふたりの様子に、周りから笑いがほころぶ。

後日、世田谷上町で開かれていたボロ市を散歩するタケ先生夫妻に同行させていただいた。道すがら花屋をのぞき、古道具の出店を冷やかし、途中で古着店をのぞく。ふと見初めた店先で、店主とおぼしき男性と立ち話をしている。

菊池武夫の現在地。1_03

「最近できたお店?」

「ええ、そうです。お立ち寄りありがとうございます」

「よさそうな店だね。またゆっくりのぞかせてもらうよ」

散歩途中でふらりと立ち寄った近所のご隠居と思われたことだろう。あとから同行スタッフが「あの方、菊池武夫さんですよ」とそっと伝えると、店主は目を丸くしていた。

<<後編は7/1(水)公開予定

菊池武夫(きくち・たけお)
1939年生まれ。日本を代表するファッションデザイナーの一人。1970年に「BIGI」を設立し、日本のメンズファッション界をけん引する存在に。1984年には身の名を冠したブランド「TAKEOKIKUCHI」をスタート。英国調をベースにした品格あるスタイルと、遊び心を効かせたディテールで幅広い支持を集める。クラシックを尊重しながらも時代性を取り入れる姿勢を貫き、長年日本のメンズファッションの発展に貢献している。

「アエラスタイルマガジンVOL.60 SPRING/SUMMER 2026」より転載

Photograph: Masahiro Heguri
Text: Yasuyuki Ikeda

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