特別インタビュー
菊池武夫の現在地。
MAN OF LEGEND
[後編]
2026.07.01
昭和、平成、令和……。いつだってタケ先生がお手本!
菊池武夫の未来像は永続する不完全のなかに
昨年、ジョルジオ・アルマーニが逝去し、今年に入ってヴァレンティノ・ガラヴァーニの訃報が届いた。タケ先生に聞きにくいことを、思い切って尋ねてみた。
自身のブランドの継承について、どう考えているのですか?
「それを最初に考えたのは60 代のときだね。僕が大事にしてきた感性に、いまの世代がどれぐらい共鳴できるんだろうって考えたら、すごく不安になった。それなら若いデザイナーに託そうと。何度か繰り返してみたけどね」
ʼ04年タケオキクチのクリエイティブディレクター職を離れ、ʼ12年に再び復帰。離れては戻り、委ねては引き取る。その歩みこそが、デザイナーの宿命ということなのだろうか。
「復帰して何回目かのショーの後、会場に見に来てくれた友人・知人、取材のクルーも、感動した!って、みんな泣いてたんですよ。そのときに、人を感動させたるためには、人に伝えようと思うより、自分の感覚のなかで感動できたり、感情のなかに入り込む何かが見つかればいいんだっていうことに気づいた。それをやりつづけるにはいろいろとアイデアも必要だし、すごく努力しないといけないってこともわかってるつもりだけど、僕はあんまり努力してきた記憶がないんだよね(笑)。だからいまは誰かを感動させようとか、全然そんなこと考えないで、いまの自分がみんなに見てもらいたいものとか、表現したいものを、周りのスタッフの力を借りながら作り上げる作業を続けることにした。そうしたら、これって若い頃にやってたことと、何も変わってないんだってことに気づいたよね」
継承とはあれこれ悩んで試すよりも継続することだった。継承とは、単に席を譲ることではない。感性の芯をいかに残すか。タケ先生にとっての「未来」とは、表現したいこと、いまの思想、いまの感動を伝えつづけること。
まだ作りたい服があるのですかと尋ねると、答えは即座に返る。
「ありますよ。まだまだ全然あります。だって、これまで一度だって満足したことがないんだから」
ビジョンは明確だ。3年ほど考えつづけているテーマがある。
「上下のバランスをあえて崩したデザインは、絶対に受け入れられないだろうし製品にはできないだろうって思ってた。でも最近若いデザイナーが、ちらほらそういう服をやりはじめているんですよ。そんなのとっくの昔に僕も考えてた。それなら僕なりの造形をつくって、いつか発表したいね」
ライバルは若者ですかと尋ねると、やんわりと否定される。
「その意識はまったくない。自分がつくるものにしか興味はない。100%じゃないと納得いかない性分だから、ショーも本当は見たくないし、ニュースだって読みたくない」
評価されることを好まず、いまも昔もライバルは自分自身。レジェンドと呼ばれても、本人は肩をすくめるだろう。タケオキクチの現在地は、過去の頂点ではない。未完のまま未来へと向かう道程の只中にある。
菊池武夫(きくち・たけお)
1939年生まれ。日本を代表するファッションデザイナーの一人。1970年に「BIGI」を設立し、日本のメンズファッション界をけん引する存在に。1984年には身の名を冠したブランド「TAKEOKIKUCHI」をスタート。英国調をベースにした品格あるスタイルと、遊び心を効かせたディテールで幅広い支持を集める。クラシックを尊重しながらも時代性を取り入れる姿勢を貫き、長年日本のメンズファッションの発展に貢献している。
Photograph: Masahiro Heguri
Text: Yasuyuki Ikeda