お酒

必然を醸す。
「日本酒」に革命もたらした男の思考と選択とは─?【前編】

2026.08.27

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新政酒造八代目蔵元 佐藤祐輔(さとう・ゆうすけ)
新政酒造株式会社代表取締役社長、八代目蔵元。1974年生まれ。東京大学卒業後、家業に入り2012年に社長就任。協会6号酵母のみを用いた酒造りをかかげ、生酛・木桶・無添加といった伝統技法を現代的に再構築。秋田県産米に限定したテロワール思想で、日本酒の価値観を更新してきた。

日本酒界に革命をもたらした「新政」は、今なお最先端を突っ走っている。

その洗練された酒の人気はとどまるところを知らず、なかなか市中に流通しない。転売サイトで定価の10倍もの値段で販売されていたりして、売る側も手を焼いているのが実情だ。特約店から正規の値段で手に入れることは可能だが、これもまた狭き門。そもそも出荷量に限りがあるのだから致し方ない。

ハイクオリティの日本酒を自社田で育てた無農薬の酒米だけで造る――

「新政」の佐藤祐輔社長は、これをテーゼとしてかかげてきた。計画は、ほぼ達成できそうな段階まできている。数年後には、日本で最大の自社田、無農薬酒米をつくる酒蔵となっているはずだ。

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東京でジャーナリストとして活躍しはじめていた佐藤祐輔が故郷・秋田に帰郷したのは、2007年暮れのことだ。

174年続く実家の酒蔵を継ぐ気はそれまで微塵(みじん)もなかった。そもそも日本酒に手を伸ばすことが皆無だった。蔵元の子息でありながら日本酒をうまいと思ったことがなかったのだ。しかし、ある日、居酒屋でたまたま「磯自慢」を口にして、「日本酒ってこんなにうまかったのか」と驚嘆する。この日以来、佐藤は全国の酒を次々と試飲し、一気に日本酒の世界へと引き込まれていく。そしてついには、八代目蔵元として蔵を引き継ぐことを決意する。

「醸造セミナーなどに通ううちに、酒造りは創作活動で、これはもうアートのひとつの表現方法だなとわかった。それで、書き物はいつでもできるし、酒造りをやったほうがいいと切り替えたんです」

しかし、秋田に戻ってすぐ、佐藤は自分の酒蔵の現状に打ちのめされる。

「スーパーマーケットにうちの蔵の酒があって、1.8リットルのパック酒が800円ぐらいで安売りにかけられていたんです。ショックだったし、怖くなった。あれを見た瞬間に、需要をオーバーするような供給はありえない、と強く思った。と同時に、最強に手間暇かけた酒を造りたい、エントリーモデルのような酒は絶対に造らないし、造っても意味がない、と確信したんです」

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これ以降、佐藤は、蔵に大量に寝ている廉価版の酒の在庫を減らしつつ、自身の「作品造り」に没頭していく。一方で、足元を見て値切ってくるような従来の酒販店を切り捨て、杜氏や社員の若返りを図った。総生産量は実に3分の1にまで減じた。大量生産から少量生産への急激な切り替えは、さまざまな軋轢(あつれき)を生んだ。経営的にも綱渡りだったが、佐藤は迷うことなく推し進めていった。

米と酵母の組み合わせを変えながら、日本酒の本質を探る実験が日夜繰り返された。

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No.6 ナンバーシックス
新政の唯一の定番生酒。6号酵母の魅力をダイレクトに表現することを目的に醸造されるライン。写真は左からX-type 2021、S-type 2021、R-type 2021。http://www.aramasa.jp/

そんななか2011年、その後の「新政」のフラッグシップとなる酒が誕生する。「6」である。「新政」の蔵付き酵母である6号酵母を前面に打ち出した酒で、生酛系酒母を用いて大胆に酸度を上げ、それまでの日本酒の酒瓶ではありえなかった斬新なラベルデザインをまとった酒だった。

佐藤は、こののちも「№6」を軸に次々と新たな酒を実験的に発表していく。ときに日本酒のタブーを犯しながら――つまり腐らせたりしながら――ギアを上げていった。失敗作を踏み台にしてチャレンジを繰り返すような狂気すらはらんだ酒造りが続いた。

この18年間の新政のスキームは、大きく次の3段階で動いてきた。

①6号酵母と秋田県産米による酒造り
純米造りと生酛系酒母での酒造り
木桶仕込みと無農薬栽培米による酒造り

帰郷して20年足らずの間に、こ3つを計画どおりに実現させてしまうのが若き蔵元の力量だった。

佐藤が次々と打ち出してくる一手は、日本酒界の先行モデルにもなった。酒蔵を継いだ一世代下の若者たちはこぞって「新政」を訪ね、あるいは修業に入り、そのエッセンスを吸収しようとした。

その進化はもはやイノベーションとも言えるわけだが、佐藤自身は、そうとらえていない。

「僕はただ既存の日本酒に満足できず、もっとうまくなるでしょ、と思ってやっている。それはコンテストで1位を取るような酒ではなく、より時代に合った酒を表現したいという思いから。ワインでもウイスキーでもその地方の自然素材を使って、調和した酒を造っているのに日本酒はしてこなかった。たとえば、そのひとつとして琺瑯(ほうろう)タンクをやめて木桶で造るということを始めたわけです。だから、とりたてて新しいことをやっているわけではなく、むしろ古いものを復活させている感じですね。その視点は新しいのかもしれないですけど」

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佐藤が意識するは、江戸時代の酒だ。

「僕は江戸時代の酒も結構うまかったんじゃないかと思っている。酒母も木で造り、もろみも木で発酵させる。当時から火入れ技術はあったから、60℃以上に熱せられた酒を貯蔵用の木桶に入れる。それから新品の杉の樽に移し替えられて、酒蔵のある地方から江戸に着くときには、搾ってからもう1年近くたっている。その間ずっと木の中に酒がある。酸度が7とか8もある酒だけど、木が深さを醸す。これをアルコール度数10度ぐらいまで薄めて飲まれていた。その薄め方が個々の酒屋の腕の見せどころで、それで酒のうまさが決まったりもしていた」

今や「新政」では、蔵内に木桶工房を持ち、木桶だけですべての酒を醸している。

後編に続く(9/2[水]公開予定)

一志治夫(いっし・はるお)
ノンフィクション作家。『狂気の左サイドバック』で第一回小学館ノンフィクション大賞を受賞。『たったひとりのワールドカップ』『庄内パラディーゾ』『幸福な食堂車』『旅する江戸前鮨「すし匠」中澤圭二の挑戦』『美酒復権 秋田の若手蔵元集団「NEXT5」の挑戦』ほか、著書多数。

Photograph: Hiroyuki Matsuzaki (INTO THE LIGHT)
Text: Haruo Isshi

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