グランドセイコーが刻む「時のモノ語り」
第三回

贈られた時間
作家 矢島裕紀彦

現役時代「精密機械」の異名をとった彼のピッチングは、それは見事なものだった。スリークォーター気味の左腕から繰り出されるさまざまな球種の抜群のコーナーワークは言うまでもなく、球の緩急を使って打者のタイミングを前後に外す。相手打線は、いつもきりきり舞いさせられた。

まるで右利きみたいですねと、つい尋ねてしまったのは、ティースプーンを操る彼の右手の動きが余りにも自然だからだった。すると驚くべき答えが返ってきた。ええ、もともとが右利きなんですよ。子供の頃、野球をよく知らない父親が買ってきてくれたグラブが左利き用でね。それでキャッチボールをはじめたから、気がつくと左投げになっていた。だから、こっちは野球のときだけです。そう言って小さく球を投げる恰好で前に差し出した左手首に、印象的に光る時計があった。

チームメイトからつけられた「精密機械」というあだ名はね、ひとつにはこの腕時計から来てるんです。でも、社会人からプロ入りして入団三年目までの私は、むしろ力で押しまくるピッチングでね。球種もストレートとカーブしかなかった。それが変わったきっかけは、あの日本シリーズですよ。完封勝利目前で、九回裏に打たれたあのサヨナラ・スリーラン。助っ人外国人に完全に力負けしてしまった。三振をとりにいった真ん中高めの渾身のストレート。打たれた瞬間、もうどこまで飛ばされたか、振り返る気もしなかった。もの凄い歓声でわいているはずのグラウンドから、私の中でだけ音が消えましたよ。逆転負けのショックだけでなく、自信もプライドも砕け散ってずたずたです。マウンドにうずくまったまま動けない私を、最後は監督が迎えにきましたからね。ピッチャー出身の監督だから、打たれた投手の気持ちも手に取るように分かっていたんでしょう。

そのオフです、監督からこの時計をプレゼントされたのは。監督は言いましたよ。おまえ、今が変わる時だな。最大のピンチにこそ最大のチャンスがある。もっと配球を勉強して精緻なピッチングをせなあかん。それには日常生活から改革せんとな。

それでこの時計だと、監督は言うんです。この時計には、日本の職人的な技術と魂の粋がこめられとる。精密で正確そのものや。おまえも、それくらいのピッチングをしてバッターを封じてみせろ。この時計をして日常生活から意識を変えろ、と。それまで私は時間にもちょっとルーズで、よく遅刻して監督やコーチに怒られてましたからね。

実際、そのときから私のピッチングが変わっていったんです。キャッチャーともコミュニケーションをとりながら、投球の自己分析や相手打者の研究のためのノートをつくり、トレーニングの方法から食事のとり方、オフの過ごし方まで、見直しましたよ。選手生活の終盤は、役どころも「抑え」に変わりましたしね。マウンドからホームまで十八・四四メートル、普通の球なら〇・五秒もしないうちに到達です。その〇・五秒の積み重ねをどう使うかという感覚を、どこまでも研ぎ澄ましていったわけです。時計は監督の期待と激励の象徴でもあったから、試合やトレーニングのときでもいつも身近に持ってました。

その後の彼は指導者としての経験も経て、明晰な語り口に定評のある解説者として活躍する。かつて投手の変革を支えた時計は今、ジャケットをスマートに着こなす彼のファッションセンスに、さりげなくも確かな重厚感を添えている。白球のような輝きとともに。

グランドセイコー
キャリバー9F 25周年記念限定モデル
9Fクオーツ 44GS現代デザイン シースルーバック SBGV238
グランドセイコーマスターショップ限定モデル

キャリバー9F82（特別精度）搭載、日常生活用強化防水（10気圧防水）、耐磁時計（JIS耐磁時計1種）、年差±5秒、ケースはステンレススチール（一部18Kイエローゴールド）、中留：ワンプッシュ三つ折れ方式、直径40㎜、￥500,000（税抜き）、世界限定600本。

グランドセイコー
9Fクオーツ 44GS 現代デザイン SBGV239
グランドセイコーマスターショップ限定モデル

キャリバー9F82搭載、日常生活用強化防水（10気圧防水）、耐磁時計（JIS耐磁時計1種）、年差±10秒、ケースはステンレススチール、中留：ワンプッシュ三つ折れ方式、直径40㎜、￥320,000（税抜き）。

www.grand-seiko.com

問／グランドセイコー　0120-302-617

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