週末の過ごし方
ベネディクト・カンバーバッチとオリビア・コールマンの豪華共演作
現代の夫婦の在り方を考察する離婚コメディー。
2025.10.07
『シャーロック』の世界的な大ヒットを機に、世界中から愛される人気俳優として引っ張りだこのベネディクト・カンバーバッチ。スーパー・ヒーローもの娯楽大作から文芸、歴史大作など、多くの作品をこなし、日本にもファンが多い。そんな彼の最新作が『ローズ家~崖っぷちの夫婦~』だ。
「コメディーは久しぶりと言えるかな。相手役のオリビアは、これ以上の人はいないと断言できる最高の共演者であるうえに、脚本がトニー・マクナマラとくれば、制作は最高の環境だったと言える」
ベネディクトが演じるのは、建築家のテオ。ロンドンでシェフのアイビーと出会い結婚、二人はカリフォルニアに引っ越して双子の子どもたちと幸せに暮らしている。本作では理想の夫婦のように見えるこの夫婦の離婚の危機を、シビアでユーモラスに現代的に描く。
妻のアイビーを演じるのはオリビア・コールマン。コメディーで注目を浴びたのち、ネットフリックスの『ザ・クラウン』でエリザベス女王を演じたほか、長編映画で高い演技力を評価されており、『女王陛下のお気に入り』ではアカデミー賞主演女優賞を獲得している。ベネディクトと同様に、イギリスでは国民的俳優として圧倒的な人気を誇る。つまり本作はイギリス名優の最高の顔合わせなのだ。コメディー作品での共演についてベネディクトは、オリビアから大いに刺激を受けたようだ。
「オリビアはシリアスなドラマもコメディーもお手の物で、それらを自由に融合するあたりも見事だ。彼女の演技をみて、自分でもそれを試してみようという気になった。“おかしく演じることができていたか?”を自分に問いはじめたらきりがなくなるから、久々のコメディーで不安もあったよ。自分の演技が十分おかしいだろうか? いや、それともおかしすぎる? リアルな笑いになっていたのだろうか? などなど、コメディーを演じるときは複雑な心境だよ」
原作は1980年に出版された米国人作家ウオーレン・アドラーの小説。1989年には『ローズ家の戦争』としてハリウッドで映画化され、当時大人気スターとして君臨していたマイケル・ダグラスとキャサリーン・ターナーが夫婦役を演じた。1980年代と比較すると社会は変動し、価値観も夫婦や家族の在り方も大きく変わった。現代においてこの作品を再訪する意味とはなんだろうか?
「トニーの脚本は『ローズ家の戦争』とはまったく異なっていて、二人の関係に焦点を置いているんだ。完璧だった結婚がギクシャクしたのは二人の状況が変化して、お互いを尊重することを忘れてしまったから。これは同性カップルにも、さまざまな経済的なレベルのカップルにも言えること。いろいろな観点から見ることのできるテーマだと感じた。脚本はおかしくて、でもおかしいだけじゃなく暗い面もあってアクションも満載で、とんでもなく刺激的な内容だと思った。離婚協議においては自己満足や権利やねたみ、そういったことが全面に押し出され、二人に何が起こったかという問題について話し合うという視点が欠けてしまうことが多いということに気付かされる。これは時代を超えたテーマだと思うな」とベネディクトは語る。
「1980年代の映画だったら、女性が一家の稼ぎ手であるということ、それ自体が論点になったはずだと思う。現在では、それを論点にする割合は低くなり、社会は女性が家庭の大黒柱であることを受け入れるようになった。男も女も人間であると認めるようになったの!」とオリビアも。そしてベネディクトが続ける。
「確かにそうだね。僕は母が家庭の経済的な大黒柱である家庭で育った。それが普通ではないと知ったのは、大人になってもっと社会のことが理解できるようになってからのことだったけど……」
オープニングから、テオとアイビーの英国風で辛口なジョークとせりふに驚かされる。これが全編を通してちりばめられている。この辛口ジョークは脚本家トニー・マクナマラが『女王陛下のお気に入り』や『哀れなるものたち』で披露してきたスタイル。ベネディクトはどのように感じたのだろうか。
「オリビアがトニーとこれまで共作してきたのに対し、僕は今回初めてトニーの作品に出演したのだが、彼が枠にとらわれず、自分のスタイルをとことん突き詰めるあたりがすごいなと以前から感じていた。それは、とてもすてきなことだと思う。社会的な常識の枠を超えて振り切った鋭い表現が求められる。これを演じきることは役者として満足度が高い。彼のせりふをこなすこと自体が挑戦なんだ。やりすぎかなと思えるくらい極端なシーンに加え、現実的なようで実は常識から逸脱していて心に刺さるようなシーンもある。“まさか!”と思いながらも、“こんな会話もありえるんだろうな”と心のどこかで共感を生むというか――」
離婚がテーマでありながら、協議を焦点にせず、なぜ二人が離婚することになったのか、その理由を探っていく。例えば夫婦関係を立て直すために、アイビーが出資し、テオが建築家として全力を尽くして設計した夢のわが家を新築する。しかし、結果的に離婚の際にはこの家の奪い合いとなる。このあたりが、なぜ?を深く追求するシーンであり興味深い。家とは? 家の象徴するものとは? この点は、80年代版の映画とも共通する点でもある。
「家の価値というのは金額的なものではなくて、感情的、時間的、いかに多くの自分の時間や労力を注入したか、ということで決まるのかもしれない。新しい家を建てることは、テオにとっては妻の心と建築家としての威厳を取り戻す試みだ。家族を支えるために妻が家を空けていた時間、自分が失ってきた時間、子どもの世話をした時間――、そうした時間を取り戻すために新しい家を建てた。でも、それによってさらなるプレシャーが生まれ、夫婦の衝突の原因となってしまう。財産として家が欲しい、という理由だけでは片づけられないんだ。金銭的なことよりも、愛するわが家を所有したいという願望の問題だね」(ベネディクト)
世界中で離婚率が上昇するなか、結婚の意味や在り方について、さまざまな面から考えさせられる映画だ。本作ではテオが建築家ということで、登場する夢のわが家は超モダンでスタイリッシュ。ここで展開する夫婦げんかやアイビーの手作りケーキやお料理など、楽しいシーンも満載だ。
ベネディクトが語る言葉からも、撮影を大いに楽しんでいた様子がうかがえる。
「撮影ではいろいろ走り回ることができて楽しかったよ。室内での演技だったから、大掛かりなアクションはなくて安全かと思いきや、包丁や硬い野菜や果物、銃も登場するんだ(笑)。ほかの映画では演技していないときにトレイラーの中でお茶を飲んだり休憩したりするんだけど、今回はデッキでくつろいでいたよ。そこがまるで自分が設計したわが家のように感じられて、誇らしささえ感じていたんだ」
『ローズ家~崖っぷちの夫婦~』
監督:ジェイ・ローチ
脚本:トニー・マクナマラ
キャスト:オリヴィア・コールマン, ベネディクト・カンバーバッチ, アンディ・サムバーグ, ケイト・マッキノン ほか
原題:THE ROSE|2025 年|アメリカ・イギリス|字幕翻訳:牧野琴子|上映時間:1 時間45 分
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式HP:https://www.searchlightpictures.jp/movies/theroses
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※10月24日(金)より TOHO シネマズ 日比谷ほか全国公開。
Interview & Text:Yuko Takano