週末の過ごし方
大阪・関西万博UAEパビリオンが教えてくれた、
砂漠の国の「おもてなし」と未来のかたち
2025.10.08
「過去を知らぬ者は未来へ進めない。伝統と革新は一体なんです」
そう語るのは、2025年大阪・関西万博のアラブ首長国連邦(UAE)パビリオンでクリエイティブ・ディレクターを務めるシャイカ・アル・ケトビ氏。30代の若き女性リーダーだが、その言葉には揺るぎがない。
エンパワーリングゾーンに建つUAEパビリオンは、「Earth to Ether(大地から天空へ)」をテーマとするだけあり、建築そのものが“物語る”構造になっている。特徴的なのは、廃材として捨てられるはずだったナツメヤシの葉軸200万本分を使った高さ最大16メートルの柱。それが90本も並び立つ光景は圧巻だ。
この構造は、かつてUAEで庶民の住まいに用いられていた伝統建築「アリーシュ」を現代的に再構成したもの。ガラス張りの外観で、外からも内部の様子が見える。ケトビ氏いわく「透明性は歓迎の姿勢」。建物そのものが「閉じない」というメッセージになっている。
ナツメヤシが象徴するUAEの精神
UAEではナツメヤシは単なる植物ではない。ケトビ氏はこう語る。
「ナツメヤシは独自の魂と知恵を持つ存在です。UAEではほぼすべての家庭にナツメヤシの木があり、この木は灼熱の暑さにも耐え抜く象徴です」
人口1000万人に対し、およそ4000万本。生活の中心にある素材だからこそ、建築にも食にも、おもてなしにも自然に登場するのだろう。
パビリオンに入るとまず「音」よりも「香り」に気づく。カルダモンやサフランが混ざり合った、ほんのり甘さを含んだ空気。それはナツメヤシ由来の自然な香りで、UAEのオアシスでは日常的に感じられるものだという。
ケトビ氏に話を聞く前におもてなしとして、アラビアコーヒーとデーツをサーブしていただいた。
「まずデーツからお召し上がりください。種がありますのでご注意ください。デーツはとても甘いので、苦味のあるアラビアコーヒーが合います。カルダモンやサフランも効いています」
小さなカップに何度も注ぎ足すのがUAE流のおもてなしで、甘味と苦味を交互に味わう感覚は「抹茶と和菓子」にも似ている。日本とアラブ、文化は違っても「香りと一服でもてなす」という行為には不思議な共通点がある。
味覚で知るエミラティ(UAEの)文化
パビリオン内のレストランでは、UAEの日常とお祝いを支える“エミラティ料理”を味わえる。国の地理や歴史、交易の影響を受けて食文化が発展しており、肉、魚、米、スパイスを中心に、豊かで多様性に富んだ食文化を形成しているそうだ。主食は米で、そこにハーブやスパイスを重ねていくのが基本。
ブラックペッパー、カルダモン、シナモン、クミン、フェヌグリーク、ターメリック、コリアンダー、スターアニス(八角)、唐辛子、フェンネルなどをブレンドした香り高い「バザー」はUAE料理の軸となる存在で、和食における「出汁」に近い役割を果たしているという。
人口の約88%が外国籍という多文化社会だけあり、食文化のミックス感覚も豊か。異文化体験としても魅力的だ。
“最後の最後に訪れてほしい場所”
館内の床には、ヤシ葉を編んだ敷物「ハシル」から着想を得たカーペットが敷かれている。UAEでは“ここは誰もが腰を下ろせる場所”という合図なのだそうだ。パビリオン内では腰を下ろせないものの、おもてなしの心が感じられる。
ケトビ氏はこう締めくくっていた。
「UAEパビリオンは“最後の最後に必ず訪れるべき場所”と伝えてください。ここはゆっくりくつろげる空間です」
宗教も気候も離れているのに、「香りでもてなす」「甘味と苦味を交互に味わう」「素材に敬意を払う」という感覚は近い。その共感に気づいた瞬間、遠い砂漠の国はぐっと身近になる。閉幕間際の万博を訪れるなら、ぜひUAE館をのぞいてほしい。
Text:Ai Yoshida