週末の過ごし方
スイーツ紳士も童心に返る
ホットケーキの名品ここにあり
[喫茶店ランチを愛す]
2018.04.13
時代の荒波にもまれ、ニッポンのビジネスマンは今日も行く。だからこそ、ひと息つける安らぎの場所は確保しておきたい。そこで、喫茶店ランチである。心と体をほぐし、英気まで養える、そんな都会のオアシスを紹介していく。
パンケーキではなく、ホットケーキ。昭和を代表する家庭料理のひとつ。キッチンから立ち上る甘やかな香りと母の笑顔とミルクと。そんなノスタルジーに浸るかどうかはさておき、どこか幸せの象徴のように感じるのは私だけではないと思う。
「母がこの店を珈琲専門店としてオープンさせたのが1984年。ホットケーキは、彼女がスタッフにまかないとして作っていたもの。それが常連さんの目にとまってメニュー化されたんです」
お母さんがホットケーキを作りはじめると、常連客は目を見開いてその様子を追い、「それが食べたい」とねだったという。甘く香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、うっとりしながら焼きあがるのを待つ。その時間まで含めて“幸福の味”だったのではないだろうか。以来、粉の配合を変えて何度も何度も試作を繰り返し、いまの味わいに至る。
たっぷりした厚みにナイフを入れると、外はサクっ、中はふんわり。この食感が最後まで続く。そこにバターの塩気、カラメルシロップの甘みとかすかな苦み、ホイップクリームのコクが出合い、えも言われぬ味に。知っているのに知らない味わい。家庭料理をプロの逸品に昇華させるとはこういうことなのだ。
「オリジナルのレシピがあるのはもちろんですが、銅板で焼いているのも理由のひとつ。銅は熱伝導率に優れているので、外側が香ばしく焼けるのはもちろん、中がもったりしないんです。お菓子と熱伝導の関係性をなめちゃいけない」と笑うのは、2代目を継いだ岩根 愛さん。
キラー通りから少し脇道へ。グリーンが映える可愛らしい外観に臆せず飛び込めば、スイーツ紳士も童心に帰る、幸せの味が待っている。
Photograph:Keiko Ichihara
プロフィル
本庄真穂(ほんじょう・まほ)
神奈川県生まれ。編集プロダクションに勤務のち独立、フリーランスエディター・ライターとなる。女性誌、男性誌、機内誌ほかにて、ファッション、フード、アート、人物インタビュー、お悩み相談ほか、ジャンル問わず記事を執筆。記憶に残る喫茶店は、山口県・萩にあるとん平焼きを出す店名のない喫茶店。福岡県・六本松の『珈琲美美』、神奈川県・北鎌倉の『喫茶 吉野』に通う。