腕時計
SIHH2019 ジュネーブサロン・リポート
カルティエ
2019.02.05
高級時計の新作がいち早く出そろう、毎年恒例の国際展示会・SIHH(ジュネーブサロン)がスイスで1月14日から17日まで開催された。今年は会期を例年より1日短縮した4日間。
宝飾系のヴァン クリーフ&アーペルが不参加となったが、替わって個性的な高級時計を少量生産する老舗マニュファクチュールのボヴェが新規出展したため、独立した大型パビリオンを構えるのは昨年と同じく18ブランド。
広場の意味も持つ「カレ( Carré des Horlogers)」と呼ばれる特設会場も同じ顔ぶれの17ブランドだったので、過去最多となった昨年に続いて総勢35ブランドが華やかな競演を繰り広げた。
ラグジュアリー感あふれる落ち着いた雰囲気の会場に、約2万3000人が来訪したという(主催者発表)。このSIHH2019から、主要ブランドの動向と、魅力的な新作をピックアップして紹介する。
なお、今年はブランドにもよるが、「紳士も知っておきたい淑女の時計」としてレディースウォッチも掲載する。男はメンズウォッチだけ知っていれば十分というのでは世界があまりに狭すぎる。時計を巡って、お互いの趣味や嗜好を語り合うことが、カップルの仲をより深めていくことになるのではないだろうか。
人気の「サントス」で実用性も高めた3コレクションを追加
かつて時計はぜいたくな持ちものであり、宝飾と不可分の存在だった。このためジュエラーの時計も魅力的で優れたモデルが少なくないが、カルティエが際立っているのは、腕時計の歴史に大きな足跡を残していることだ。
懐中時計が全盛だった1904年に、3代目のルイ・カルティエは飛行船を駆使してフランスのパリ上空を飛ぶ冒険貴族、アルベルト・サントス=デュモンのために腕時計を製作。これが本格的な紳士用腕時計の嚆矢(こうし)とされる。
あまりにも有名なエピソードだが、それまで腕に着用する時計がなかったわけではない。だが、それらは懐中時計にベルトなどを取り付けた丸形であり、最初から腕時計としてデザインされ、しかも角形という独創的なモデルはカルティエが初と言っていいのである。
今年のSIHHでは、この歴史的な「サントス」にちなんだ3つの新コレクションが発表されたが、その先進性を理解するために、往時をもう少しだけ説明しておきたい。
ブラジルの裕福なコーヒー農園主の息子として生まれたサントスは、19世紀末から20世紀初頭のパリを彩る良き時代、ベル・エポックをリードする寵児(ちょうじ)として名声を博していた。日本でも「ハイカラ」と略された、襟の高いハイカラーが当初は「サントス襟」と呼ばれたように、とりわけファッションで評価が高く、世界的な流行の発信地だったパリのしゃれ者たちも注目する存在だったのである。
そんなサントスが最先端の乗り物である気球や飛行船、そして飛行機に興味を持つのは不思議なことではないが、貴族の余技どころではなかった。1906年にヨーロッパでは初の動力飛行に成功。滞空時間21秒、距離220メートルという公式記録を残している。
面白いのは、空を飛ぶときもブリティッシュスタイルのスーツにネクタイなど、隙のないファッションを着込んでいたことだ。そんなサントスが好んで愛用していた腕時計が人気を集めないはずはなく、その要望に応えてカルティエは1911年から一般市販を開始。それがひとつの契機となり、懐中時計に替わって腕時計が急速に普及していくことになる。
前置きがいささか長くなったが、その初代モデルのデザインを忠実に継承した新作が「サントス デュモン」なのである。まず目に入るのは、細身で長いローマ数字。オリジナルはそれよりもやや肉厚のタイポグラフィだが、繊細で知的なエレガンスを感じさせる。ケースは幾何学的なスクエアフォルムを基本としながらも、ストラップを接続するエッジがソフトなカーブで絞り込まれている。厚さ7.3㎜のスリムなケースが腕にぴたりと寄り添うため、装着感はすこぶる心地良い。
風防を押さえるベゼルも滑らかにデザイン。これを留める8カ所のスクリュービスを美的なアクセントにしていることが、カルティエならではの特徴といえる。ケースは金属の素材感を生かしたつやなしのサテンだが、ベゼルは輝きのある鏡面ポリッシュにして仕上げ(磨き)を分けており、立体的でラグジュアリーな宝飾感が漂う。パールのような飾りを施したリュウズにブルーのカボションが、サントスが生きた古き良き時代のクラシカルな雰囲気を醸している。
ムーブメントは機械式でなくクオーツだが、このためステンレススチールで37万円から(税抜き予価)。サントスのファッションに合わせて薄型にしたため、スーツにジャストフィットするだけでなく、気品ある個性的なデザインだ。価格も魅力的なので、これまでカルティエに縁がなかった人たちのためのエントリーモデルとも位置づけられる。
さらに、このクオーツは省エネを追求した高性能ムーブメントを採用しており、新型電池と併せて約6年間は電池交換不要。従来の約2倍という長寿命も、アルベルト・サントス=デュモンがカルティエの腕時計に求めた実用性に由来するという。
こうした実用性へのこだわりは、昨年にアップデートされた機械式の「サントス ドゥ カルティエ」でも発揮。裏側のボタンをワンプッシュするだけでブレスレットやストラップを着脱・交換できる「クィックスイッチ」に加えて、ブレスレットのコマもユーザー自身で簡単にはずせる「スマートリンク」が導入された。
さらに今年は、圧倒的な透け感のスケルトンモデルのブリッジと時分針に蓄光式蛍光塗料(スーパールミノバ)を施した新作を追加。放射状に広がるブリッジがローマ数字のアワーマーカーを兼ねる秀逸なデザインなので、明かりのない暗闇でも時間が容易に読み取れる。
アルベルト・サントス=デュモンも実験的に夜空を飛んでおり、その際にプロジェクターで手元を照らすことを考えたと言われる。昼間に吸収した光を夜間にはネオンサインのように鮮やかに放出するため(タイトル写真)、視認性もさることながら、同じ時計で2つの異なった表情が見られることも持つ人の楽しみになるはずだ。
「サントス ドゥ カルティエ」に堅牢でボリューム感あふれるXLサイズのクロノグラフも追加された。センターのクロノ秒針に加えて、30分積算計(3時位置)、12時間積算計(9時位置)を備えた3カウンター。
ストップウォッチとして使える便利なモデルだが、カルティエらしく独創的な新機構が搭載されている。9時位置のケースサイドにあるボタンでスタート/ストップ、3時位置のリュウズを押してリセットする。一般的なクロノグラフは、リュウズを挟んでボタンが上下に配置されているが、人間工学に基づいて左右に振り分けることで操作性を高めたという。これも実用性の高い利便性を究めた結果といえるだろう。
また、カルティエは1909年に最初のディプロワイヤントバックル(開閉式のバックル)の特許を取得。この分野でも先駆的な実績を持つが、今年はプッシュ式の開閉システムやストラップを傷めない改良などが加えられた。
Ladies' Watch Information for Gentlemen
[紳士も知っておきたい淑女の時計]
西洋バスタブから着想した、独特のオーバルフォルム
カルティエは女性にとって説明不要の世界的なラグジュアリー・メゾンであり、宝飾やレザーグッズなどに加えて、時計も人気が高い。なかでも角形の「パンテール ドゥ カルティエ」が代表作だが、1912年に3代目ルイ・カルティエが西洋バスタブから着想を得て誕生した「ベニュワール」(仏語で浴槽の意味)も不動のロングセラーとなっている。
1950年代末に現在のスタイルにリニューアルされた。絶妙な曲面で構成されたオーバルシェイプに、やや湾曲したダイヤルは、美しいだけでなく、自由とウィットを感じさせるスタイルとして、豊かな教養とセンスを有する女性を魅了してきたという。
ダイヤモンドセッティングやエナメルなどバリエーションや派生モデルも多彩だが、ここでは新作で最もベーシックなモデルをピックアップした。独特のフォルムをピュアに堪能でき、着ける女性の年齢やTPOも問わないので、末永く愛用できるのではないだろうか。
掲載した商品はすべて税抜き価格です。
問/カルティエ カスタマー サービスセンター 0120-301-757
プロフィル
笠木恵司(かさき けいじ)
時計ジャーナリスト。1990年代半ばからスイスのジュネーブ、バーゼルで開催される国際時計展示会を取材してきた。時計工房や職人、ブランドCEOなどのインタビュー経験も豊富。共著として『腕時計雑学ノート』(ダイヤモンド社)。