お酒
知れば日本酒がもっと好きになる
第2回「味わいの表現を知る」
2019.10.25
いまや、フランス料理店でのペアリングにも、当たり前に出てくる日本酒。SAKEはすっかり、インターナショナルな飲み物だ。にもかかわらず、日本酒は醸造法が複雑で奥が深く、なかなか親しめないという人も多いのではないだろうか? 第1回目では「香りの伝え方」を紹介した。今回は、日本酒の味の違いをより深く理解するための、味わいの表現について。
「どんな日本酒が好みですか?と聞かれたときに、つい“辛口”と答えてしまう人が多いのではないでしょうか。ここで言う辛口とは、もちろん、塩辛いわけでもスパイシーなわけでもありません。“甘くない”ということを指します」と千葉さん。
「日本酒には、味覚の五味(甘味・酸味・苦味・塩味・旨味)のうち、塩味のみ含まれません。甘みはグルコースなどの糖分に由来し、酸味は主にコハク酸や乳酸に、旨味はアミノ酸に由来します。酸があれば、甘みは抑えて感じられるので、日本酒の甘辛は、総じて糖分と酸のバランスで決まると言えます」と、日本酒の甘辛の成り立ちを教えてくれた。
甘味は、糖度以外にも香りやテクスチャーにも影響される。フルーティーな香りを有しているものほど甘く感じられ、ぴりぴりとした口当たりの酒は辛口に感じられる、といった具合だ。また、日本酒はアルコール度数がほかの醸造酒に比べて高いため、アルコールによる甘みや刺激感も加わる。
では、酒を飲んだときに、甘味と酸味しか感じないかというと、もちろんそんなことはない。濃いか薄いか、口当たりが刺激的かなめらかか、あと味がさっと消えるようにキレがよいか、いつまでも口の中に余韻が残るかなど、さまざまな要素が絡み合って、味の全体像が形成されていく。
「濃いか薄いか、つまり、どっしり重いかすっきり軽いかは、甘辛に比べてもう少し複雑です。糖分、酸、アルコールが高いほうが濃く感じるうえに、苦味や旨味のもとになるアミノ酸などの窒素成分が多いと濃醇になります。この旨味の存在は、ほかの酒にはない日本酒の特徴でもあるのです」とも。
また、味わいは酒の造りにも関係してくる。酒には、もろみを搾って酒を取り出す前に、アルコールを添加するタイプと、添加しない酒がある。アルコールを添加せず、米、米麹、水だけで造る酒を「純米酒」という。なぜ、アルコールを添加するのかというと、日本酒度を上げて、吟醸香を際立たせるためだ。
ところでこの日本酒度とは、グルコース(糖分)とアルコールの割合のことだ。糖分は水より重く、アルコールは水より軽い。だから、重ければ糖が多い甘い酒――数値は「-マイナス」を示す――、軽ければ糖が少ない辛口の酒――数値は「+プラス」を示す――と言える。つまりは、アルコールを添加すれば辛口な酒になる傾向にあり、純米酒は、どっしりと米の旨味を味わうような酒になる傾向が強い。
アルコールを添加するもうひとつの理由が吟醸香を際立たせるためだという。吟醸香とは、吟醸酒がもつ、果物のような華やかな香りのこと。多くの酒は米の外側を削ってたんぱく質を減らして仕込むことで、酒造りにおける雑味を減らす。精米70%以下が本醸造酒、60%以下が吟醸酒、50%以下が大吟醸酒と分かれる。つまり、一般的には、アルコールを添加した酒で、精米歩合が高い酒が、さらりと軽く、辛口でフルーティーな酒になるわけだ。
濃い薄い、重い軽いにはまた、テクスチャーの違いも影響する。とろりとしたどぶろくは濃厚だし、発泡酒系のしゅわしゅわっとした酒は、舌ざわりやのど越しが軽く感じられる。
「こうしたさまざまな要因が重なり合って日本酒の味わいが決まってきます。ここで述べたことはあくまで傾向であって、酒ひとつひとつの個性は千差万別。ただ、こうして日本酒の味の成り立ちを知ると、“甘みが少なく、キレのよい酒”“フルーティーで余韻が楽しめる酒!”“パワフルでコシのある酒”“複雑で芳醇な酒”…といった具合に飲みたい酒のイメージを膨らませて相手に伝えることができます。同時に、逆引きの形で、「純米酒はどっしりしている?」「大吟醸って華やか?」というように、造りから味を思い描き、実際に飲んで答え合わせをするという楽しみ方もできます。このように、味の表現や成り立ちを知ることで、日本酒の楽しみ方が何倍にも広がるはずです」
プロフィル
千葉麻里絵
山形大学で食品の物質工学を学ぶ。利き酒師の資格を取得したのち、各地の蔵元へ通い、また、酒類総合研究所の研修で専門知識を身につけ、2015年「GEM by moto」を立ち上げる。著書に『日本酒に恋して』(主婦と生活社)、『最先端の日本酒ペアリング』(旭屋出版)。
Photograph:Takahiro Imashimizu
Text:Hiroko Komatsu