カジュアルウェア
SHOWCASE
カジュアルにはきたい英国流トラウザース。
2023.02.03
ファッションエディターの審美眼にかなった、いま旬アイテムや知られざる名品をお届け。
10年ほど前に、初めてサヴィル・ロウに行ったときの緊張感は、今でも忘れられない。読者の皆さまはご存じだと思うが、サヴィル・ロウとはロンドンの中心地にある、テーラーが軒を連ねる通りの名前。英国のみならず、世界中から王族や上流階級が押し寄せる、紳士服の聖地である。世界で最も家賃が高いこのエリアに店舗を構えるのは、ヘンリープールやギーヴス&ホークスといった老舗ばかり。今ではだいぶフレンドリーになってきたが、ひと昔前であればアポなしで入店するなんて、とても考えられなかった。
当然あの頃の僕も全く相手にされず、肩身の狭い思いをしたのだが、大きな収穫もあった。それはサヴィル・ロウのテーラーで働く、人種も性別もさまざまな若き職人たちのスタイル。彼らはスーツなんて着ていないのだが、自分で縫ったトラウザースをラフにはきこなしていて、それが意外にも格好いい。ベルトレスで股上の深いトラウザースに、真っ白なTシャツやキャップなんかを合わせた着こなしは、本当に粋だったなあ。
2022年の東京で、あの頃の鮮烈な印象がよみがえるようなトラウザースを発見した。ヒップから腰まで包み込むようなフィッティング、流れるように優雅なシルエット、重厚な英国生地、サイドアジャスタのついたクラシックなデザイン……。これは間違いなくサヴィル・ロウの流儀。しかもビスポークではなく既製品というのがまた珍しい。
実はこれをディレクションしているのは、名門ヘンリープールでカッターを務めたのち、ロンドンで自身の名を冠したテーラーをひらいた平野史也さん。このトラウザースは、近年日本に活動の場を移した彼の、新しいプロジェクトなのだ。聞けば彼がロンドンで修業しはじめたのは、僕が初めてサヴィル・ロウに行ったのとちょうど同じ、 10 年前だという。もしかしたら、あの頃の僕が見たのは、平野さんの姿だったのかもしれない。
山下英介(やました・えいすけ)
ライター・編集者。『MENʼS Precious』などのメンズ誌の編集を経て、独立。 現在は『文藝春秋』のファッションページ制作のほか、ウェブマガジン『ぼくのおじさん』を運営。
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Photograph: Ryohei Oizumi
Styling: Hidetoshi Nakato (TABLE ROCK.STUDIO)