週末の過ごし方
「熱狂」を生み出すクリエイター
[2.5次元ミュージカル、拡張する熱狂。]
2023.06.02
日本のマンガやアニメが世界的な人気を誇る文化であることは言わずもがな、昨今はそこに「2.5次元ミュージカル」という新ジャンルが加わり、話題を呼んでいる。国内外に拡張する、その熱狂の正体とは──?
植木 豪(演出家)×米田理恵(プロデューサー)
〝熱狂〞は、どのようなクリエイティビティの上に立ちのぼるのか──。全世界累計発行部数1億円突破、アニメも含めて世界中から注目を集めるダークファンタジー『進撃の巨人』。その舞台『「進撃の巨人」─the Musical─』は、大阪で迎えた初日終演後に客席から歓声が上がり、これまで演劇やミュージカルに触れたことのない原作ファンをも魅了して日ごとに評判を呼ぶ。そして、満席のスタンディングオベーションで千秋楽の幕を閉じた。本作の演出を手がけたのは、2018年に世界最大の演劇祭『エディンバラ・フェスティバル・フリンジ』でASIAN BEST PERFORMANCE AWARDを受賞した植木 豪氏。「誰も見たことのない、新しい『進撃の巨人』を見せなければと考えたとき、演出家は(植木)豪さん以外に思い浮かびませんでした」とは、2019年から舞台『ヒプノシスマイク─Division Rap Battle ─』で植木氏とタッグを組んできたプロデューサーの米田理恵氏。
「映像、照明、音、フィジカル、すべてが混ざり合って完成する豪さんの演出は、いつも想像を超えたものを見せてくれるんです。やはりそれが人を熱狂させるのだと思います」
植木氏は学生時代にあらゆるマンガ誌を読んでいたほどのマンガ好き。だからこそ原作に対する愛情も深い。そして自身もダンサー、俳優、歌手として数々のステージに立ち、ライブエンターテインメントの底力も肌に染みている。
「僕も米田さんも、観ることが好きなんです。舞台もライブも、こちらに衝撃を与えてくれる時間は人生にとってかけがえのないもの。だから常に一人ひとりのお客さんを驚かせたい、楽しませたいと思っています。『進撃の巨人』は僕自身大好きな作品だったので、原作を大切にしたいと強く思いながら、舞台ならではの見せ方にこだわりました。映像ではなく、役者が板の上で生きているのが舞台。だから名前のある巨人は必ずフィジカルで見せるものにしました」
植木氏の言う、舞台ならではの『進撃の巨人』は開演前から始まっていた。客電が落ちる直前、それまで鳥のさえずりが聞こえていた場内に突如大きな足音が響き渡る。緊張感が走り、一瞬で客席は作中に登場する〝巨大な壁の中〞になってしまった。アナログな演劇的手法や、最新技術を駆使した巨人の表現は作中のキャラクターたちが味わった恐怖を追体験できるほどの不気味さ。壮大な音楽、多彩なジャンルのダンスが組み合わされたパフォーマンス、役者の芝居が折り重なり、観客をぐいぐいと巨人と戦う世界に引き込んでいく。客席に座る自分までその世界の住人になったかのような感覚。これこそ、2次元では得られない、2.5次元ならではの体験だ。
その裏側には、植木氏と共に作品に深く愛情を注ぐチームの存在があると米田氏は語る。
「豪さんが手がける作品には、スタッフもキャストも、全員が主役と言っても過言ではないくらい、クリエイティブに集中するチームが欠かせません。『こうすればもっと面白くなる』と、豪さんを筆頭にみんな本当にしつこいくらい粘るんです。幕が上がってからも毎日細かなところを調整したり、映像配信のときもアングルやスイッチングにこだわって、豪さんとチェックしたり」
「お客さんの目に触れるものはすべて作品」と言い切る植木氏は、舞台の演出のみならず、ティザーやダイジェストなどの映像からグッズに至るまで目を配る。植木氏の頭の中に描かれた新しい世界は、クリエイター間の綿密なチューニングを経てさまざまな方向から実景に落とし込まれる。
「プロデューサー、制作チームとしての私の役割は、彼らが新しい表現を生み出せるように道をつくることだと考えています。いろんな経験をしてほしいし、まだ見ぬ世界を一緒に見させてほしい。今回、世界に通用する作品ができたとは思っていますが『これでいい』とは1ミリも思っていません。なので、新しいステージをこれからも用意して、個々に武器を増やしながら戻って来られるホームづくりをしていきたいですね」
チームを率いる植木氏も「ここがゼロスタート」と決意を新たにする。
「みんなが『自分たちはここまでできるんだ』ということを認識し、新しいものを発信する意識が生まれた今が、本当の意味でのスタートライン。自信と誇りが持てなければ、一歩前には進めませんから。2.5次元ミュージカルは日本が世界に誇れる文化。だからこそ、すべてのものを採り入れ、吸収し、あらゆる方向に発信していきたいし、ジャンルに縛られずチーム一丸となって全方向を相手に闘っていきたい」
2.5次元ミュージカルが巻き起こす熱狂の渦は、新しいクリエイションに挑戦しつづける限り拡張しつづける。
植木 豪(うえき・ごう)
ボーカルダンスグループ「Pani Crew」メインボーカル。2014年に自身演出・主演「WASABEATS」を旗揚げ。『「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-」Rule the Stage』の演出も手がける。
米田理恵(よねだ・りえ)
株式会社S-SIZE代表取締役社長。ドラマ・舞台『タンブリング』、舞台『「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-」Rule the Stage』をはじめ、さまざまな作品でプロデューサーを務める。
【クレジット】
Photograph: Eri Kawamura
Edit & Text : Nanae Konishi