週末の過ごし方
台湾人漫画家 風街を経て隙間を描く
【センスの因数分解】
2025.07.16

“智に働けば角が立つ”と漱石先生は言うけれど、智や知がなければこの世は空虚。いま知っておきたいアレコレをちょっと知的に因数分解。
友人である元DJの有機農家から、ある日届いたギフトは『緑の歌』という新人作家の漫画でした。若い台湾人女性の主人公が、はっぴいえんどの音楽と出合い、細野晴臣のライブのために東京へ……。日本の音楽や文学などを通して自己表現や行動力が増していくさまが描かれた作品でした。
作者も台湾人女性の高妍(ガオイェン)。このデビュー作に帯文を提供していたのは、松本隆と村上春樹というビッグネーム。彼女のことを、偶然にも松本隆が知ったことがきっかけのひとつとなっており、しかもファンであった細野晴臣を紹介されます。さらにその後、村上春樹の本の装画と挿絵を手がけることになりました。
まるで現代版シンデレラガールのように捉えられそうですが、作家としての実力は新刊である『隙間』を読めば十分に伝わってくるはずです。
祖母に育てられた台北の大学生。長年の介護の後に祖母と死別し、交換留学生として沖縄に暮らすことになります。
天涯孤独となって異国の地へ。思いを寄せる人には恋人がいる。彼女の孤独が、台湾の歴史や沖縄の風土、現地で知り合っていく人々の事情と共に、描かれていきます。ジェンダーやいじめ、貧富、そして台湾や沖縄の状況など、政治的、社会的テーマも絡めながら人や国との間を見つめる主人公。一人の若い女性が抱く葛藤に出口はあるのか……。
主人公が本当の思いをうまく伝えられないいら立ちや、無知、無理解へのとまどいが作品の中心です。その一方で、作者の創作には躊躇(ちゅうちょ)が感じられません。「美にはためらいがない」とはたしか民藝運動の父・柳宗悦の言葉だったと思いますが、引き合いに出すのは大げさでしょうか。
「このマンガがすごい!2023」オトコ編・第9位になった前作から、さらなる飛躍を感じる『隙間』。今作の帯文は是枝裕和と江口寿史。読めばその作品世界にトップクリエイターが心動かされるのも、納得するはずです。