紳士の雑学
本質だけを突き詰めてたどり着いた
唯一無二の個性、カルマンソロジー
2018.05.09

今季スタートしたばかりだが、メンズファッション関係者の間でたびたび話題に上るシューズブランドがカルマンソロジーだ。ファーストコレクションを目にしたとき筆者の頭をよぎったのは、真っ当すぎる紳士靴をなぜいま日本人が作るのだろうか?という疑問だった。メイド・イン・ジャパンという言葉が使い古され、いくらでも選択肢がある現在、あえて真っ向勝負を挑んでいるからだ。海外の老舗高級ブランドが売り場を占拠している現状に、カルマンソロジーは風穴を開けることができるのだろうか?
言葉ではなく、作り手の思いをどう伝えるか?
ブランド名の由来は、静寂を意味するCALMと詩集を意味するANTHOLOGY。ふたつの英単語を組み合わせ、“言葉なき詩集”という意味をもたせている。デザイナーの金子 真が目指すのは“日本最高峰の既成靴”。デザインや製法への強いこだわりがあるが、そうした蘊蓄(うんちく)を傾けることを潔しとしない。ましてや、“元○○○○というブランドのデザインを手がけていた……”といった経歴で語られることを拒絶する。
「この業界に入る前まで服飾デザインを専攻していたので、靴に関してはまったくの素人でした。以前に在職したブランドでは、靴作りに関するノウハウを基本から学びました。そこで得たいちばん大きなものが、職人さんたちとの出会いでした。でも、工賃が安い海外への発注が多くなって、技術をもった日本の職人さんたちの仕事がどんどん奪われていったのです。そうして、肩を落として現場から退いていく職人さんたちの姿を見て、お世話になった職人さんたちへ恩返しがしたいとずっと思っていました。日本の靴職人の技術を継承していかなければと痛感したのです。コバの削り方ひとつとっても、職人さん特有の“味”というものがあって、それは言葉やマニュアルでは伝えられないものなのです」


金子は用意した靴を手に取り、靴に用いられるステッチの種類を紙に書きながら説明を続ける。インタビュー開始時には口数が少なく、しどろもどろになりがちだった金子が饒舌(じょうぜつ)に語りだした。
「カルマンソロジーの特徴であるアッパーステッチについてですが、一般的に3センチの間にどれくらい針を入れるのか?がひとつの指標となります。高級ブランドでも15針が限界と言われていますが、カルマンソロジーでは17針から19針で行っています。出し縫い(グッドイヤー製法特有のコバが張り出した部分のステッチ)についても同様です。通常なら7〜8針のところを、ドレスシューズなら12針で、カジュアルシューズについては9針で仕上げています。あまりに細かく針を入れると革が切れてしまうので、職人さんと一緒に何度も検証しながら、可能な限り細かく美しいステッチを追求しています。つい先日、あまりに酷使したミシンが、煙を上げて壊れてしまったほどです(笑)」

無数の選択肢があるいま、なぜベーシックなのか?
カルマンソロジーの靴は至ってベーシック。クラシカルなデザインを踏襲しながら、トウの形状やボリューム感、ウエストの絞りなどを、絶妙なさじ加減でアレンジすることでオリジナリティーを獲得している。微差こそ大差とはよく言われるが、相当な靴好きでないと伝わりづらいデザインとも言える。
「ベーシックな靴に急に目覚めたというわけではありません。ブランドを開始するずっと前から自分が思い描いてきた形だったのです。基本はベーシックですが、フォルムからパーフォレーションまで、1㎜以下の単位でこだわっています。ついつい手を加えすぎてしまいがちですが、一歩引いてもう一度“本当にそれでいいのか”と自問自答してみるのです。そうした細かな作業の積み重ねが、最終的なプロダクトのたたずまいを左右すると考えているからです」
奇をてらうことをせず、真っ向勝負で挑む
本格紳士靴としてたびたび取り上げられる、ジョン・ロブ、ジェイエム ウエストン、エドワード・グリーン。こうした高級ブランドが広く認知されているにもかかわらず、なぜこれほどまでに使い古されたベーシックなデザインを選んだのであろう?
「その点は、周囲の人から何度も指摘されました。ある人からは“絶対無理だ!”とまで言われました。100年以上も続く老舗をリスペクトしていますが、その存在をまったく気にしていません。真っ向勝負でいいと思っています。むしろ、そこを避けてデザインや価格に逃げることはしたくなかったのです。日本人が作る最高峰の既製靴を目指して、自分のやり方を信じてやっていくしかないと。仕上がった靴そのものが訴えかけてくるオーラのようなものがあれば、必ず良さがわかってもらえると思っているのです」

突き詰めた結果、靴そのものが語りだす!?
そうして業界のマーケティングやポジショニングなどには目もくれず、愚直なまでに真っ当なプロセスを経て生み出された靴は、多くのバイヤーの心を揺さぶることになる。現在カルマンソロジーは、トゥモローランド、ワイルド ライフ テーラー、エディフィス ラ ブークル、伊勢丹メンズ、ビオトープなど、高感度なショップで取り扱われている。
「僕自身が売り場に立つこともあるのですが、多くのお客さんが直感的にカルマンソロジーを手に取っている姿を見かけました。足入れしてフィット感を確かめると、ほとんどのお客さんが買ってくださる。その瞬間は、自分が信じてきたことが報われたという気持ちになります。取り扱っていただいているどのショップでも、スタッフの方が熱意をもって接客してくれることも心強いです」
日本人特有の足型に関する考察とこれから
カルマンソロジーが打ち出すビジュアルは、静謐(せいひつ)なモノクロームの世界。絶妙に計算されたコーディネートと相まって、カルマンソロジーを選ぶ人の内面を映し出しているかのようだ。こうしたニュートラルで高感度なイメージとともに、海外の有名ブランドにはない大きなアドバンテージがあることも記しておかなければならない。
「海外ブランドの靴がどうしても合わないと言われる理由のひとつは、欧米人に比べて日本人はかかとが小さいからです。骨格はもちろんですが、肉付きがまったく違うのです。人間が歩行するときは、かかと、小指、親指という順で円を描くように地面を捉えます。カルマンソロジーではこうしたローリング歩行に適した木型を採用しています。ですから、しっかりかかとが固定されていないと靴内部に不要な隙間ができてしまい、遠心力によって小指に負担がかかってしまうのです。海外ブランドの靴は甲が狭くて小指が痛くなると言う人が多いのですが、実際はかかとが合っていないことが原因なのですね。オーダー会やポップアップでいちばん売れたサイズが25㎝前後というのも驚きでした。やはり、多くの人が無意識に大きなサイズを選んでしまっているようですね」
老舗高級ブランドの靴がもつ普遍性。そこに臆することなく、日本人らしい細やかな作業の積み重ねで勝負を挑む。実際に手に取り、足を入れることで、カルマンソロジーがいままでにない本格紳士靴であることが直感できるはずだ。
「デビューしたばかりのブランドの靴が、いきなり1000人に受け入れられるとは思っていません。まずは10人、次に100人と……少しずつ受け入れられることを目指して、これからも自分のやり方を貫くだけです」
カルマンソロジー http://calmanthology.com/
Photographs:Fumihito Ishii
Text:Takuro Kawase