特別インタビュー
AI時代こそ「人格力」
『7つの習慣』を継ぐコヴィー氏が語る、これからのリーダーシップ論。
2025.10.29
AIがあらゆる業務を効率化し、仕事のあり方を変えつつあるいま。それでも「AIには決して置き換えられない価値がある」と語る人物がいる。世界的ベストセラー『7つの習慣』の著者スティーブン・R・コヴィー博士のレガシーを受け継ぐ、経営者であり教育改革者でもあるショーン・コヴィー氏だ。「AI時代を生き抜く鍵は、人格力にある」と語る彼に、これからの時代のリーダーシップについて聞いた。
成果だけでなく、文化を変える
AIが進化し、ビジネスのスピードがますます加速している。そんな時代に、世界中のリーダーたちから注目を集めているのが『7つの習慣』だ。すでに何度も読んでいるというビジネスパーソンは多いだろう。人間の「在り方」や「信頼」を軸に、個人と組織を成長させるこの哲学は、発刊から35年以上たった今も変わらずに読み継がれている。
その思想を現代の組織や教育に広げているのが、著者スティーブン・R・コヴィー博士の息子であり、フランクリン・コヴィー米国本社エデュケーション部門プレジデントを務めるショーン・コヴィー氏だ。先日来日し、講演「THE GAME CHANGER」に登壇した。
コヴィー氏が語る「Game Changer(ゲームチェンジャー)」とは、単に成果を上げる人ではなく、信頼を基盤に人と文化を変えるリーダーのことを指す。
「リーダーシップとは肩書きではなく、影響力のこと。チームを動かす力は、信頼から生まれるのです」
そう語る彼は、父の教えを現代の企業文化に合わせてアップデートしながら、世界150か国以上の企業や教育機関でリーダー育成を行っている。
「リーダーは部下を管理するのではなく、信頼すること。信頼があるとき、人は自発的に力を発揮します。信頼こそが、チームにスピードと創造性をもたらす最大の原動力なのです」
『7つの習慣』に学ぶ、人間力の原則
『7つの習慣』は、「外の世界を変える前に、自分の内側を変える」という哲学をベースにしたリーダーシップの書で、全世界で5000万部以上を売り上げ、企業研修や教育現場でも広く採用されている。
“7つの習慣”とは次の通り。
第1の習慣:主体的である(Be Proactive)
第2の習慣:終わりを思い描くことから始める(Begin with the End in Mind)
第3の習慣:最優先事項を優先する(Put First Things First)
第4の習慣:Win-Winを考える(Think Win-Win)
第5の習慣:まず理解に徹し、そして理解される(Seek First to Understand, Then to Be Understood)
第6の習慣:相乗効果を発揮する(Synergize)
第7の習慣:刃を研ぐ(Sharpen the Saw)
個人の内面を磨き、他者との関係性を高め、組織の成果へとつなげる――。このプロセスを習慣化することがリーダーシップ理論の核心。なかでもコヴィー氏がAI時代に特に重要だと語るのは、第1と第5の習慣だ。
「AIの時代は選択肢が増える分、『自分で決める力』がより重要になります。主体的であるとは、環境や他人のせいにせず、自分の反応を選ぶこと。そして相手を理解しようと耳を傾ける傾聴は、AIが最も苦手とする『共感』を育てる習慣なのです」
リーダーの影響力は、スキルではなく人格に宿るということが見えてきた。
AI時代に問われるリーダーの条件
現代の日本企業は、深刻なリーダー人材不足という課題に直面している。帝国データバンクの調査では、日本企業の67.8%が「リーダーが足りない」と回答。さらに「グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト」でも、後継者育成の遅れが指摘されている。
AIやデジタル技術が急速に発展するなかで、コヴィー氏は「人間にしかできないこと」に注目している。
「AIは正確で速く、情報処理能力も高い。しかし、AIにはまだ「良心」や「想像力」、「共感」「自己認識」といったものは備わっていません。これらは人間だけの力。AIができないことを磨くことが、これからのリーダーの差になります」
AIはあくまでツールであり、リーダーの代わりにはならない。むしろこれからの時代こそ、「人間の感性」や「信頼関係を築く力」が組織の競争力を決定づけると、コヴィー氏は強調した。
一方で、日本のリーダーは「自分でやったほうが早い」「失敗させられない」と考える傾向が強い。その背景には「人材育成に割く時間がない」という現実もあるが、コヴィー氏は根本原因を信頼の文化の欠如に見出す。
「日本のリーダーは非常に勤勉で誠実です。ただ、信頼して任せることにためらいを感じる人が多い。『自分でやったほうが早い』という考え方が、次の世代のリーダーを育てにくくしています」
リーダーが信頼を示すことで、チームは自ら考え、行動し、成長していく。それこそが「文化を変える」第一歩になるという。
フランクリン・コヴィー社では現在、AIを活用した学習支援システムの開発も進めている。これは、AIを「人間の成長を助けるパートナー」として活かす新しい試みだ。「人を評価するAIではなく、人を育てるAI」へという発想が、コヴィー氏が語る未来のリーダーシップの核心にある。
「Be Human」人間らしさが最大の強み
コヴィー氏は、日本の組織が抱える課題を認識しつつも、その潜在的な強みに強い期待を寄せている。
「日本のみなさんは自分たちに非常に厳しいという印象があります。日本はリーダーシップが足りない、硬直的で柔軟性が足りないなどと言われることがありますが、どんな国にも課題は存在するものです。しかし、日本は全体的に見て素晴らしい点がすごくたくさんあり、それは今後も日本を優位に導くと考えています」
その根拠として、質の高い教育を受けた人が多くいること、テクノロジーに関するアンテナの高さ、世界中が見上げる企業が生まれていること、そして、国の安定を挙げている。
日本企業に必要なのは、「内側からの変革に投資し、高い潜在力を解き放つこと」だとコヴィー氏は語る。
「テクノロジーの進化は止められません。だからこそ、良心、共感、創造性など人間の内側の力を育てることが大切です。リーダー自身が成長し、周囲にその影響を広げていくことが文化を変える唯一の道です」
キャリアの先行きが見えにくい時代だからこそ、立ち返るべきは「人格力」。この力こそが、変化の時代を導く新たなリーダーシップの源になる。
Photograph:Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)
Text:Tomoko Komiyama