特別インタビュー

「本物」とは何か。ジャガー・ルクルトが次世代につなぐ時計づくり
~開発責任者 浜口尚大氏インタビュー

2026.06.19

「ウォッチメーカー・オブ・ウォッチメーカー(時計師たちが憧れる真の時計メーカー)」──ジャガー・ルクルトは、1833年の創業以来、1400種類を超えるキャリバーを生み出してきた世界屈指のマニュファクチュールだ。現在も、設計から製造、装飾、組み立てまでを自社で一貫して手がけている。

あらためて、機械式時計の価値とは何なのか。それを尋ねるために、ジャガー・ルクルトの技術開部門ディレクターである浜口尚大(はまぐち たかひろ)氏をインタビューした。ジャガー・ルクルトの本拠地スイスのル・サンティエで、開発・設計、生産設備設計、品質管理を統括する浜口氏は、日本人にして、世界有数のマニュファクチュールで技術革新をけん引する存在だ。

次世代へ受け継ぐために、腕時計づくりはどう進化していくべきか。まずは、渾身(こんしん)の新作についての質問からインタビューはスタートした。

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浜口尚大 (はまぐち たかひろ)/「ジャガー・ルクルト」技術開発部門ディレクター。1977年山口県下関市生まれ。高校卒業後にスイスへ渡り、時計学校で時計製作および修復技術を学ぶ。時計師としてキャリアをスタートさせ、ムーブメント開発や技術マネジメント分野で経験を積む。2019年よりジャガー・ルクルトの技術開発部門ディレクターに就任。時計修復と設計開発の双方に精通する技術者として、ジャガー・ルクルトの高度な時計製造を支えている。

スイスのジュネーブで開催された「Watches and Wonders Geneva 2026」で、ジャガー・ルクルトは「マニュファクチュール・ダトリエ」という新たなメッセージを掲げた。そこには、設計から製造、装飾、組み立てまで、すべての工程を自社内で完結させる真のマニュファクチュールとしての矜持が込められている。そして、その象徴として新たな「マスター・コントロール」が誕生した。

マスター・コントロールが体現する「革新」と「継承」

今回の新作は、初の一体型ブレスレットを採用。大きな革新となったブレスレットの美しさを際立たせているのは、ブレスレット中央の美しい仕上げである。「中央部だけ、裏側から別個に組み立てています。他のブランドでは作れないほどの複雑な工程。ブレスレットを設計するときに、コストや生産効率を優先するのではなく、まず理想のデザインとクオリティを考えました」

一方で、新作の開発の出発点は「変わらないこと」だとも言う。

「パッと見て『マスター・コントロールだ』と認識できるように心がけました。一体型のブレスレットであっても、文字盤を見ただけでマスター・コントロールとわかるDNAをどこまで保持できるかを大切にしました」

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マスター・コントロール・クロノメーター・パーペチュアルカレンダー/搭載されたキャリバー868は、COSC基準にとどまらず、ジャガー・ルクルト独自のHPG認証で精度を保証。3つのサブダイヤルで年・月・曜日・日付を示す永久カレンダーを表示し、さらには6時位置のダイヤルでムーンフェーズを表示。自動巻き、パワーリザーブ70時間、ケース径39ミリ、ケース厚9.2ミリ、ケースとストラップともにピンクゴールド、50メートル防水、1478万4000円(予価)

ユーザーの現実に寄り添う、新精度基準「HPG

そして、何よりもこだわったのは、精度を徹底的に追求する姿勢である。クロノメーター認定の取得にとどまらず、精度検定の方法そのものをゼロから見直して、新たに精度保証HPG(High Precision Guarantee)を確立した。

通常、時計業界で行う完成品の精度検査は、ユーザーの使い方とはかなり乖離している。ユーザーの日常使いをどこまで忠実に再現して検査するかにこだわった。

「具体的には、まず姿勢差の問題。腕時計は装着中にさまざまな姿勢を取りますが、実際には特定の姿勢が多くなります。加えて、睡眠中には8時間以上も外して置いた状態になる。今回のHPG基準では、静止した状態での精度も計測しています」

さらには、検査する場所の標高にも着目した。

「ジャガー・ルクルトがあるル・サンティエは標高が約1000メートルの場所。ユーザーのほとんどが標高0~150メートルの場所に住んでいるのを考えると、空気の密度の違いで精度に誤差が出てくる。そこで、標高差による精度変化を検査するプロセスも設けました。おそらく、他のブランドにはない取り組みです」

さらには、温度差による精度の誤差にも目を配る。

「腕に着けているときは体温の影響を受け、外した後は室温。そうした温度変化も含めて、すべての検査を通過したものだけがHPG認定となります。本当の意味でのユーザー目線とは何か、それをフェアに問い直した検査です」

浜口氏が目指したのは、スペック上の数値ではなく、ユーザーが日常のなかで実感できる精度である。これこそが、「マスター・コントロール」の進化したDNA、そして、ジャガー・ルクルトというブランドの矜持である。

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高級腕時計の価値は、「普遍性」にある

市場が時計に求める価値は、この数十年で大きく変化した。かつては、複雑機構そのものが評価された時代もあったが、今は日常使いにおける信頼性や、長く愛用できる価値が重視されている。

「いま時計に求められているのは、『普遍性』だと思います。一過性の流行を追うのではなく、30年後に引き出しから出しても違和感なく身に着けられるように。高級品だからこそ、何十年先も使いつづけられる価値が重要なのです」

ジャガー・ルクルトが主力コレクションに8年間の保証を設けているのも、そうした思想の表れだ。

「オーセンティシティ(本物であること)とは何かが、改めて問われています」

浜口氏は、こうした「普遍性」こそが、現代における高級時計の本質だと語る。デジタルデバイスが短いサイクルで更新されていく一方で、浜口氏は機械式時計の価値をより長い時間軸で捉えている。

「機械式時計は、メンテナンスさえしていれば何十年も使いつづけられて、次の世代にも残せます。ゼンマイで動く動力から考えても、長く使っていける意味から考えても、サステナビリティという観点で最先端な選択肢のひとつ」

消費されて終わるのではなく、どうやって次世代に受け継いでいくのか。そうした価値観そのものが、新しい時代のラグジュアリーになりつつある。そして、そういった使い方に応えるために、ブランドのアフターサービスも重要である。

「どんな古い時計でも修理できる体制を持っているかどうか。それはブランドの方針次第です。ジャガー・ルクルトは作ってきたキャリバーの数は1400以上ありますが、それぞれのパーツを保持しておかなければならない。ない場合には昔の紙の設計図から3Dデータを起こしてパーツを作り直す場合もあります」

なかでも、外装パーツは素材や職人の技術が時代によって変わるため、完全な修復が難しいケースもあるという。

「どんなに古いジャガー・ルクルトであっても、修理しつづける体制を維持しています。それも含めて、時計を作りつづけてきている責任だと思っています」

この言葉には、単なるアフターサービスを超えて、ものづくりへの倫理観が込められているように聞こえる。

次の100年へ、腕時計の文化を受け継ぐ

約200年の歴史を持つジャガー・ルクルト。その根底にあるのは、伝統を守るだけではなく、革新を続ける姿勢である。

「ジャガー・ルクルトの核としてずっとあるのは、革新と創造性。歴史があるだけでなく、一貫してキャリバーを作りつづけ、常に進化してきました。私たちは次の世紀に向けて、これからも革新を続けていきます」

時代の変化に迎合するのではなく、「本物とは何か」を問いつづけること。マスター・コントロールに込められた思想は、ジャガー・ルクルトが次の100年へ向けて示した意思表明なのだろう。その問いは機械式時計だけでなく、私たち自身にとっての「本物の価値」とは何かを見つめ直すきっかけになるのかもしれない。

Text:Teruhiro Yamamoto(AERA STYLE MAGAZINE)

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