週末の過ごし方
会話、読書、庭の眺め、チーズ。
コーヒーと自由を深く味わう
[喫茶店ランチを愛す]
2018.05.08
時代の荒波にもまれ、ニッポンのビジネスマンは今日も行く。だからこそ、ひと息つける安らぎの場所は確保しておきたい。そこで、喫茶店ランチである。心と体をほぐし、英気まで養える、そんな都会のオアシスを紹介していく。
実は一度、取材を断られたのだ。「喫茶店の食事メニューを紹介する企画」と告げたところ、「喫茶店は食事をする空間ではない」というのがその理由だった。
「まぁ、まずはコーヒーをゆっくり味わう。それが喫茶店だよね。それから本を読むのか、庭を眺めるのか、軽食をつまむのか、どう過ごすのかはお客さんの自由。そこに僕と無駄話をするという選択肢もあるわけで(笑)」
喫茶店の真髄を飄々(ひょうひょう)と、しかし端的に語るのは店主・小山泰司さん。取材中も思わぬ瞬間に、次々と人生名言が繰り出されるから油断がならない。
「人間、年を取ってもさ、精神は成長しないのね」
「人生で大切なのは、正面を向いて謝ることだとわかったの」
「大人になるってさ、何を捨てるかを見極めることよ」
「五感は信じるべき。でも気持ちは信じちゃダメね」
軽妙な語り口なのに、記憶にじんわり染み込んでしまうのは、やはり深いコーヒーの味わいのせいか。
「うちにブレンドは存在しないの。日本人に合うコーヒーをずっと模索して、でもそれは探すものじゃなくて自分が決めるものだとわかって、それからブラジル、サントスNo.2、19番のみ」
感じるのは、酸みより苦み。「珈琲」「デミタス珈琲」「アメリカン珈琲」の3種があるが、それぞれに違う苦味を感じるのがまた興味深い。さて、軽食メニューはカレーライスからクロックムッシュ、マーガリントーストに自家製プリンまで多々あるのだが、ならば「珈琲とチーズのセット」を試すのはどうだろう。
「お茶にたくわん、みたいな感覚ですよ」
そう笑うが、コーヒーはブラックだと弱アルカリ性。現代の食事は酸性に傾きがちで、食後にコーヒーが飲みたくなるのはそのせい。だから先にチーズを食べて、その後にコーヒーを飲むという魅惑のマリアージュを提供するのには、明確な理由があるのだ。
喫茶店にはルールと自由が共存している。長く続く店ならなおさらだ。この地で30年、その空気感まで味わうことのできる名店だと確信する。
Photograph:Keiko Ichihara
プロフィル
本庄真穂(ほんじょう・まほ)
神奈川県生まれ。編集プロダクションに勤務のち独立、フリーランスエディター・ライターとなる。女性誌、男性誌、機内誌ほかにて、ファッション、フード、アート、人物インタビュー、お悩み相談ほか、ジャンル問わず記事を執筆。記憶に残る喫茶店は、山口県・萩にあるとん平焼きを出す店名のない喫茶店。福岡県・六本松の『珈琲美美』、神奈川県・北鎌倉の『喫茶 吉野』に通う。