旅と暮らし
人間関係のあり方を軌道修正してくれる映画
[美しき映画ソムリエ]
2018.06.13
芸術家の岡本太郎がデザインし1970年に開催された日本万国博覧会のシンボル。昭和を代表する芸術のひとつである太陽の塔が、今年再び内部公開を実施し、話題を呼んだ。人気が高く、予約は4カ月先まで埋まっているそう。来訪者には若者も多く、体験できなかった万博の風を太陽の塔を通じ、のぞいてみたいと考えいる人間も少なくなさそうだ。
映画『焼肉ドラゴン』はそんな大阪万博が催された1970(昭和45)年、高度経済成長に浮かれる時代の関西の地方都市の片隅にある、小さな焼肉店「焼肉ドラゴン」で繰り広げられる笑いと涙にあふれる家族の物語です。店の亭主・龍吉と妻・英順は、静花(真木よう子)、梨花(井上真央)、美花(桜庭ななみ)の三姉妹と一人息子・時生の6人暮らしの在日コリアン。戦争のつらい過去や、自分たちの置かれた境遇、差別や立ち退き問題など、押し寄せる困難と対峙していきます。
「裏ALLWAYS三丁目の夕日」と評されている作品だけあって、水前寺清子さん「三百六十五歩のマーチ」や冒頭で述べた「太陽の塔」のお土産フィギュアが登場し、随所随所に時代の空気感が切り取られています。もう戻ることができない過去への旅にも私たちを連れ出してくれます。
そして、この映画が教えてくれるのは、まさしく人間同士のコミュニケーションの在り方。さて、最近、誰かとぶつかったこと、衝突したことはありますか? 焼肉ドラゴンに登場する家族は、とにかくケンカが絶えない。いつも本気の言い合いをしている。にもかかわらず、いつも幸せそう。
真正面から人間同士がぶつかる姿を見て、傷ついても、たとえボロボロになったとして、それでも、人と深く本音をさらけ出して付き合うべきだと思わせてくれる映画に仕上っています。
大人になってから私が思うのは、本音をさらけ出すことの難しさ。ぶつかることのめんどくささ。これは当たり前の話。人と言い合うのは、消耗する。だから、できる限り避けたい。
でも、この映画は教えてくれる。
「相手を思っていることがきちんと伝わっていれば、ぶつかることは恐れるべきではない」という真実を。根底に相手への気持ちがあり、それが伝わっていれば衝突は怖くないと。
ビジネスにおいても、たとえ決裂のリスクがあったとしても、本音を隠して上辺だけのきれいごとで話し合うのではなく、相手への真摯(しんし)な気持ちを伝え、時には一步踏み出す勇気が必要ですよね。
電話帳のアドレス件数に、Face Bookの友達の数。その数に反比例するかのように本当に自分を思ってくれる人が誰か見えにくくなっているように感じる瞬間に遭遇する。自分のつながっている人間関係と、出会った自慢できるような肩書の人。その数と人生の充実度は必ずしもイコールではない。
また、最近はSNSを使用する人の7割が投稿に対してのいいね数が気になってしまうという。相手を思いやる気持ちより承認欲を満たすことが優先的なSNS社会では、「いいね」こそが社会的価値になっているのだ。でも、そこにどこまでの真実があるのだろう。
いいねを毎回くれるあの人は、私が困ったときに助けてくれるのか。この映画は教えてくれる。数よりも、質。それこそが大事、ということを。
雨風の影響を受けたら、壊れてしまいそうにも見える小さな家・焼肉ドラゴンで結ばれた絆は、簡単にマネできないほどに力強く美しいものだった。雨上がりの七色の虹が晴れやかに懸かるのを感じ、涙すらあふれた。
おしゃれなインテリアも、写真に撮りたい料理も、はやりの服もそこにはない。それなのに、こんなにも彼らをうらやましく思ったのは、本当に求めている幸せがこの映画には映し出されていたのかもしれないから……。
『焼肉ドラゴン』6/22(金)より全国公開
Ⓒ 2018「焼肉ドラゴン」製作委員会
配給:KADOKAWA ファントム・フィルム
公式サイト http://yakinikudragon.com/