紳士の雑学

ニッポンの社長、イマを斬る。
Fracta CEO加藤 崇インタビュー[前編]

2019.07.16

ニッポンの社長、イマを斬る。<br>Fracta CEO加藤 崇インタビュー[前編]

かつてグーグルにヒト型ロボットを売却した日本人がアメリカで起業した。Fracta(フラクタ)CEO加藤 崇、40歳。目指すは全米1兆円市場の水道管ビジネスだ。「ここで負けたら日本の負け。本気で思っている自分がいます」、そう語る氏に話を聞いた。

水道管管理なら『フラクタ』を世界標準に

「AIの世界は(市場の)盤面が固まるのが早いんです。何十年もかけて徐々に競争関係が固まっていくのではなく一人のジャイアントがやって来て盤面をすべてさらってしまうことだってある。勝負はこの4、5年。僕らは今、その瞬間に立ち会っているんですね」

オフィスのあるシリコンバレーから昨日、一時帰国したばかり。時差ボケを物ともせずフラクタの加藤 崇CEOは強いまなざしでこう語った。氏の名前に覚えのある読者もいるかもしれない。加藤崇とは、グーグルが唯一買収した日本企業、SCHAFT(シャフト)の創業者である。電撃の「ヒト型ロボット買収劇」から数年後、単身で渡米し、現フラクタを設立した。新会社のミッションはAI(機械学習)でアメリカの水道管事業を、世界中のインフラアセットを変革することだ。

「アメリカにある水道管のほぼすべては30年以内に寿命が尽きます。日本と比べ破損や漏水事例が多く、老朽化した水道管を新しくするためには110兆円もの設備投資が必要になる。その一方、どの順番で水道管を取り換えるかの予測がつけば更新費用の30~40%を削減できるんです」

フラクタが展開するのは、約1000項目を対象とするアルゴリズムによって水道管などのインフラ劣化を予測するソフトウェアである。既に全米18州で採用されており、昨年5月には水処理装置で世界的に有名な日本の栗田工業に株の過半を売却。連続でM&Aに成功した起業家となったわけだが、CEOとしての立ち位置に変わりはない。先はまだまだ長いのだ。

起業家になるつもりはなかった

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実を言えば、起業家になるつもりはなかった。「子どもの頃、父が事業に失敗し、借金取りに追われるような生活を経験したんです」。わずか4歳だったが鮮明に覚えている。杉並の自宅にベタベタと貼られた「カネ返せ!」のビラ。両親は離婚し、母と姉と3人で狭いアパートに暮らした。生活は貧しくとも家族の愛情を感じる日々だった。加藤は奨学金を獲得し、早稲田大学理工学部に入学。在学中に母は言った。「将来、自分で起業するのだけはやめて。安定した会社に入ってね」

その母は病に倒れ、大学3年のときに他界した。加藤は卒業後、東京三菱銀行(現・三菱USJ銀行)に就職する。母親は喜んでくれるはず、そう思ったが、数年後、王道コースを自ら外れることとなる。

「仕事は業績の傾いた会社からお金を回収することでした。『もう少し返済を待っていただけませんか』と涙を流すお客さんもいました。貧しかった境遇ともかぶり、自分は何をやっているんだろう、と。『彼らを助けるような仕事がしたい』、そう思って企業再建のコンサルタント会社に転職したんです」

日本では評価されなかったヒト型ロボット

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その後、コンサルとして、雇われ社長として、傾いた会社の再建に奔走した。M&Aの交渉をし、従業員の雇用を守り、多くの人に感謝もされた。達成感はあったが、同時に葛藤を感じることもあった。30歳、日本経済は『失われた10年』の真っただ中にあった。

「新しいテクノロジーを使い、国の雇用を増やしていかないと変わらない気がしました。沈んでいく船を食い止めるのもいいけれど、浮上しようとする船を支援することはもっと大切だと思うようになったんです」

11年、東大出身のエンジニアとともにヒト型ロボットのベンチャー会社を設立。応用物理学出身でロボティクスへの関心の高かった加藤は、彼らの技術と情熱に見ほれ、グーグルとのM&A契約を成功させた。後に「なぜ、日本の技術をアメリカに?」といった揶揄(やゆ)も飛んだが、これは順番がまったく逆だ。

「ヒト型ロボットは日本でまったく評価されませんでした。あらゆるベンチャー支援に声を掛けましたが、返って来たのは『ヒト型の市場がない』とか『あなたはベンチャーをまったくわかっていない』の声ばかり。けれど、確信がありました。世の中のあらゆるインフラは人間に最適化されている。階段ひとつとっても人間が上るためのもので、車輪ロボット用には設計されていません。その前提がある以上、ヒト型は実社会により溶け込みやすいはずだと」

加藤は日本を見切り、アメリカに舵を切った。プレゼンを聞いたグーグルはその場で買収を持ちかけた。「求めていたロールモデルを見た気がしましたね。その可能性に賭け、どこの誰であろうと門戸を開く国なんだと。次に自分が何かやるときはアメリカに行こうと決めました」

後半へつづく>>

プロフィル
加藤 崇(かとう・たかし)
1978年生まれ。早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。元スタンフォード大学客員研究員。東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)を経て、ヒト型ロボットベンチャーSCHAFTの共同創業者(兼取締役CFO)に就任。13年、同社を米国Google本社に売却。15年、人工知能で水道配管の更新投資を最適化するソフトウェア開発会社Fractaを米国シリコンバレーで創業、CEOに就任。著書に『未来を切り拓くための5ステップ』(新潮社)、『無敵の仕事術』(文春新書)、『クレイジーで行こう!』(日経BP)がある。19年2月、日経ビジネス「世界を動かす日本人50」に、同年4月、Newsweek日本版「世界で尊敬される日本人100」に選出。カリフォルニア州メンローパーク在住。

「アエラスタイルマガジンVOL.43 SUMMER 2019」より転載

Photograph:Kentaro Kase
Text:Mariko Terashima

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