旅と暮らし

ジャズをテーマにソロで再始動したマット・ビアンコが
ブルーノート東京で3日間見せる粋で洒脱なステージ

2019.04.26

内本順一 内本順一

ジャズをテーマにソロで再始動したマット・ビアンコが<br>ブルーノート東京で3日間見せる粋で洒脱なステージ

2017年8月に続いて、マット・ビアンコがブルーノート東京で3日間のライブを行なう。2016年にキーボード奏者のマーク・フィッシャーが他界し、ボーカリストであるマーク・ライリーのソロ・プロジェクト形態になって今回が2度目の日本公演。ソロになっての初作『グラビティ』(2017年)で聴かせたジャジー・ポップのステキさを、今回も存分に味わわせてくれることだろう。

マット・ビアンコは1984年にシングル「GET OUT YOUR LAZY BED」でデビュー。1stアルバム『探偵物語(WHOSE SIDE ARE YOU ON)』を出したときのメンバーは、マーク・ライリー、ダニー・ホワイト、そして後にソロシンガーとして成功を収めるバーシアだった。表題曲を始めいくつものヒット曲を生んだこのデビュー作は、ラテンとファンクをポップに融合させたファンカ・ラ・ティーナの名盤と言われたものだった。がしかし、ダニー・ホワイトとバーシアはこれ1枚で脱退。マーク・ライリーがマット・ビアンコ以前にやっていたバンド、ブルー・ロンド・ア・ラ・タークの仲間だったマーク・フィッシャーを新たに迎え、デュオとしてそこから長く活動を続けた。

マーク・ライリーとマーク・フィッシャー。この“ふたりのマーク”時代の初期作品としては、昨年夏に発売30周年記念のデラックスエディションが出た1988年の3rdアルバム『インディゴ』(オリジナル収録曲に未発表曲やリミックス・ヴァージョンなど37曲もを追加)がラテン色の強い傑作として知られている。プロデューサーにマイアミ・サウンド・マシーンのエミリオ・エステファンを迎えてマイアミでレコーディングされただけあり、“ノリノリ”なんていう言葉が相応しい陽気な曲ばかりが並んでいたのだ。これで味をしめたか、ふたりは以後、ロンドンからいろんな国へと飛んで作品を作り、音楽性を広げていくことになった。

“ふたりのマーク”時代のいくつものアルバムのなかで、筆者にとって忘れることができないのが、1997年リリースの7作目『ワールド・ゴー・ラウンド』と2000年リリースの8作目『リコ』だ。なぜなら『ワールド・ゴー・ラウンド』リリースに際しての取材をスペインのセビーリャで、そして『リコ』リリースに際しての取材をキューバのハバナで行なったから。どちらもただ単にインタビューするだけでなく、共に街を歩き、食事をしたり酒を飲んだりもしていろいろ話したものだ。

とりわけ1997年にスペインのセビーリャでマーク・ライリーと過ごした時間は忘れ難い。ホテルのロビーで正午に待ち合わせ、すぐに新作についての話を聞く心づもりでいたのだが、マネージャーやプロデューサーらと共に町を案内してくれると言う。車に乗り込み、さてどこへ向かうのかと思えば、まずは最高級のブランデーが試飲できる醸造所へ。続いてワインの美味しい店へと連れていかれ、このあとのインタビューに差し障るなとも思ったのだが、ノリに合わせないのも野暮なのでグラスで数杯。続いて今度は地ビールの飲める店へと連れていかれ、ギラつく太陽と青空の下、そうして食べて飲んで喋ってを繰り返すうちに時間の感覚を失い、快楽度数はどんどん高まるばかり。「どうだい? これがこの地方での正しい1日の過ごし方だよ」とライリーに言われ、結局ホテルに戻ったのは19時頃だった。そして、さあようやくインタビューの時間かと思ったら、何やら花火の音など聞こえてきて外が騒がしくなり、出て見たらパレードが始まっていた。しばらくそれを見ながら、ライリーはこう言ったものだ。「僕も初めて見たけど、すごいよね。日本にもその土地土地のお祭りがあるでしょ? そうやって伝統や文化を大事に残しながら発展しようとする場所に僕は惹かれるんだ。そして、そうした世界のさまざまな伝統や文化にインスパイアされて、僕は新しい音楽を作っていくんだよ」。

彼の言う通り、マット・ビアンコはR&Bにラテン、ファンクにジャズにボサノヴァにと、いろんな国の音楽要素を洒脱かつポップにミックスした音楽をやっていたわけだが、そのときに作り上げたアルバム『ワールド・ゴー・ラウンド』にはフラメンコの要素も加味されていた。その前のアルバム『グラン・ヴィア』(95年)でライリーがスペインの音楽にハマり、そこからさらに濃くスペインの音楽要素を取り込んだのが『ワールド・ゴー・ラウンド』だったわけだ。そこには情熱的なスパニッシュ・ギターとハンドクラップがフィーチャーされた曲もあったし、あとで知ったことだが、その日に僕たちが一緒にお酒を飲んだお店の名前を曲名にしたものまであった(「ALTOZANO」)。

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2017年発表の最新盤『グラビティ』は、
ジャズで現在の自身を表現した秀逸な作品

2000年に彼らがアルバム『リコ』を制作していたときには、ハバナにあるスタジオでのレコーディングに立ち会うことができた。そこにはキューバの腕利きミュージシャンたちが集められ、マット・ビアンコのふたりと自由にアイディアを交換し合い、リズムが強調された躍動的な曲がそこでできていった。その成果がチャチャチャを取り入れたアルバム1曲目の「Cha Cha Cuba」と、ブーガルーをポップに解釈した2曲目「Boogaloo」。マーク・フィッシャーはこう言っていたものだ。「ロンドンのスタジオにこもってばかりいると煮詰まってしまってよくないんだ。外の国に出ていくのは僕らが音楽を作る上で特に大切なこと。リズムなど音楽についてはもちろん、それ以外にも学ぶことが本当にたくさんあるし、その土地に感化されて曲のアイディアがどんどん湧いてくるんだよ」。

そんなわけで個人的にはマット・ビアンコというとあの時代の充実していた活動と音楽性が忘れられないのだが、しかしスタートからもう35年以上が経ち、マーク・フィッシャーが亡くなってマット・ビアンコ=マーク・ライリーとなった今もブレることなく活動を続けていることにはリスペクトの念を抱くばかり。マット・ビアンコとして5年ぶり、ソロ形態としての初作となった『グラビティ』は、ずばり“ジャズ”をコンセプトにしたものだったが、そこには変わらずラテンのフレイヴァもまぶされていたし、ある意味でデビュー作の頃とも繋がっている印象があった。といっても原点回帰と一言で言ってしまえるほど単純ではなく、当然現在のライリーなりの渋みのようなものも感じ取れた。これからのマット・ビアンコにも大いに期待できると、そう思えた秀逸なアルバムだったのだ。

2017年に続いての今回の公演は、前回のブルーノート公演から鍵盤奏者のみ代わるが、あとは同じメンバー。自身のオルガン・トリオでも充実した活動を続けるサックス奏者のデイヴ・オ・ヒギンズ、トランペットとフリューゲルホーンを吹くマーティン・ショウ、それにクリーン・バンディットのライブでも活躍していたバック・ボーカル女性のエリザベス・トロイらと共に、“現在進行形のマット・ビアンコ”を味わわせてくれることだろう。

プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。Note(ノート) でライブ日記などを更新中。

公演情報
MATT BIANCO
マット・ビアンコ

公演日/2019年5月20日(月)、21日(火)、22日(水)
[1st]Open17:30 Start18:30 [2nd]Open20:20 Start21:00
会場/ ブルーノート東京
料金/ 8500円(税込)
その他詳細についてはこちら

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