カジュアルウェア

スパイバー×ゴールドウインの挑戦
クモの糸から始まった新素材が導く未来とは?(前編)
[ソーシャルグッドなファッションのゆくえ。]

2022.05.25

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自然界では分解できない石油由来の素材、短いサイクルで買い替えを促す消費構造など、環境への負荷が石油業界に次いで2番目に大きいと言われるアパレル業界は、いま大きな分岐点に直面している。日本人が開発した革新的でサステイナブルな糸、新興と老舗が共に取り組むプロジェクトなど、未来の収穫となる新しい世界の芽吹きを紹介。

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    Spiber株式会社 関山和秀氏
    1983年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部在学中から構造たんぱく質の人工合成の研究に注力し、2007年9月にスパイバー株式会社(現Spiber株式会社)を共同設立。同社の取締役兼代表執行役。
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    株式会社ゴールドウイン 渡辺貴生氏
    1960年生まれ。82年にゴールドウイン入社。日本での「ザ・ノース・フェイス」ブランド発展に寄与した。アウトドアスタイル事業本部長や専務取締役などを経て、2020年社長に就任。
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    AERA STYLE MAGAZINE エグゼクティブエディター 山本晃弘
    1963年生まれ。「メンズクラブ」「GQジャパン」などを経て、2008年「アエラスタイルマガジン」を創刊、2019年に自らの「ヤマモトカンパニー」を設立、服飾ジャーナリストとしても活動している。

クモの糸から始まった石油に頼らない繊維

ファッションが地球に与える負荷は驚くほど高い。服1着をつくる際のCO2排出量は約25.5㎏、水消費量は2300ℓに及ぶ。前者は500㎖のペットボトル約255本製造分、後者は浴槽約11杯分となる※。染料の化学物質による水質汚染も無視できない。
※環境省オフィシャルサイト_サステナブルファッションより

山本 ゴールドウインでは早くから環境問題に取り組んでおられたようですね。

渡辺 アウトドア、スポーツがメインの会社です。特に日本で展開しているザ・ノース・フェイスは、米国で創業した1960年代から環境に対する意識が高い会社でした。

山本 アパレルでは廃棄の問題もありますよね。

渡辺 1990年に日本に入ってきていた衣料は約20億枚でした。2020年には40億枚あまりになっています。一方で業界全体の売り上げは以前の6割程度です。

山本 結果的に膨大な廃棄物が出る。これでは環境に対する負荷は大きいですよね。そういった傾向への反省もあり、最近ではリサイクル衣料が注目されています。

渡辺 小社は90年代からリサイクルフリースを手掛けるなど、環境配慮への意識は高かったですね。

山本 スパイバー社はどういったきっかけで知られたのでしょうか。

渡辺 アウトドアウエアにはナイロン、ポリエステルなどの石油系の素材が使われています。石油は枯渇資源であり、つくられたものも分解されないことから、代替のものがあればと思っていました。そんなとき、知人からスパイバー社のことを教えられました。

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最先端のハイテク機器が活用されている。写真は使用目的に合わせて設計された遺伝子をハイスループット(化合物を高速評価する機械)に自動合成するロボット。

ブリュード・プロテイン™素材は関山氏と共同創業者の菅原潤一氏(取締役兼執行役)が学生時代に着想し、具現化したもので、ニーズや目的に合わせて独自設計したDNAを微生物に組み込んで構造タンパク質を微生物培養した素材だ。主原料を枯渇資源である石油に頼っていないため、生分解性も兼ね備えている。

山本 関山さん、たんぱく質はどのようなものでしょうか。

関山 たんぱく質は生物にとって最も大切な成分のひとつです。DNAに書き込まれているたんぱく質の設計図を常に最適なものにアップデートしていくことで、激変する37億年の歴史の中で生物は進化してきました。人間も生物のDNAとしては使いこなしているのですが、素材としてはまだ全然です。

山本 どんな特長がありますか。

関山 生物がつくるたんぱく質やセルロースは、生態系の中で再利用が可能、循環してつくられることが前提となっています。でも、産業でつくられるものはそうなっていない。いわばゴミをつくっているわけですね。そこで製造過程で、この循環する自然界の仕組みを取り入れられればと思いました。

山本 たんぱく質はアミノ酸の配列ですよね。

関山 はい、アミノ酸は全部で20種類ですが、その組み合わせは数えきれないほどあります。100パターンのつながりで100乗になります。10×80乗といわれている全宇宙の原子よりも遥かに多い。

山本 配列パターンは、ほぼ無限です。それを独自に配列設計をし、人工的に合成されるのですか。

関山 そうです。これまでは難しかったのですが、生命科学、情報科学の発達により、私たちの実験室では生物界の数十億年に匹敵する進化が可能になりつつあります。

山本 ブリュード・プロテイン素材は植物由来で、本格生産が始まるタイの工場で生産するポリマーには、サトウキビから抽出した糖類を使われるとか。これは生態系バランスを考えてのことですか。

関山 はい、バイオマス(生物の重量)では植物が約8割、残りほとんどが微生物で、人間はわずか0.01%にも満たない。なのに人間が出す炭素がいちばん多く、環境に負荷をかけています。そこで炭素を固定化して資源となる、いわば第一生産者の植物を活用し、かつエネルギー効率のいい微生物を活用しようと思いました。

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ラボの小規模微生物培養装置。ブリュード・プロテインポリマーTMは独自に設計・合成したDNAを微生物に組み込み、その発酵プロセスから生産される。

山本 ブリュード・プロテイン素材をアパレルで活用されようと思ったのはどうしてでしょうか。

関山 繊維はあらゆる分野で活用されています。特に服の業界の消費量が多く、環境への負荷が大きい。開発を進めるなかで、われわれの力でどこに貢献できるかを考えているうちに見えてきましたね。ファッションは注目を集める業界ですから、社会に与えるインパクトも大きいと思いました。

渡辺 たんぱく質というと、動物由来のものを想像します。それが植物からと聞いて、非常に興味を持ちました。それで関山さんのところを訪ねたのが2014年です。

山本 アウトドアウエアブランドとして、サステイナブルな視点からタッグを組めるという予感はあったのでしょうか。

渡辺 はい、ありました。そのときに聞いて印象深かったメッセージが「クモの糸と同等の繊維をつくる」ということでした。クモの糸は非常に強く、1㎝の束になればジャンボジェットも止められると聞いて驚きましたね。

山本 自然の中で使う服ですから、強靱(きょうじん)さは重要なポイントですよね。

渡辺 ええ、これはアウトドアウエアの世界を変えられると思いました。なおかつ、われわれの底流にある環境に関する課題にも対応できるというわけですから、すごく魅力を感じました。

ブリュード・プロテイン™素材とは?

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クモの糸やヤギのカシミア、イカの歯などを含む自然界の生き物がもつタンパク質のデータを参考に、目的に合わせて独自のDNAを設計・合成する。そのDNAを組み込んだ微生物による発酵プロセスから生まれる構造たんぱく質のこと。主な原料は植物由来の糖類で、石油に頼らないことから、海洋や土壌での生分解性も持ち合わせる。紡績糸のほか、べっ甲のような樹脂材料、医療用材料から次世代軽量複合材料への添加剤など、さまざまなジャンルでの活用が期待されている。

後編はこちらから>>

「アエラスタイルマガジンVOL.52 SPRING / SUMMER 2022」より転載

Edit & Text: Mitsuhide Sako(KATANA)

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