お酒

上白石萌歌さんと巡る、横浜“昭和クラシック”紀行。
第5回 JAZZ喫茶 ダウンビート

2022.12.28

上白石萌歌さんと巡る、横浜“昭和クラシック”紀行。<br>第5回 JAZZ喫茶 ダウンビート

“昭和的”や“昭和っぽい”という言葉が、古臭さを象徴するある種の嘲笑めいたニュアンスを含む一方、“昭和レトロ”なモノやコトがSNS世代の若者を中心に厚い支持を集めています。そこで、俳優およびアーティストとして活躍する上白石萌歌さんをゲストに迎え、クラシカルなたたずまいと異国情緒あふれるレトロスペクティブな街・横浜を巡ります。

最終回は、近年、ハシゴ酒を楽しむ若者も多数訪れる横浜随一のディープスポット、野毛にある老舗ジャズ喫茶「ダウンビート」にお邪魔します。今年で創業66年目を迎え、横浜では2番目に古い(最古は2023年に再オープン予定の「ちぐさ」)歴史を有する名店でこの旅を締めくくるとしましょう。

「チェット・ベイカーの『シングス』ってアルバムが大好きなんです!」

取材前の下調べで、上白石さんがレコードを集めていることは知っていました。(何でも前出の『シングス』もアナログ盤で愛聴しているんだとか)。ならば、アナログの素晴らしさを最高の音響設備で体感してもらおうと、こちらのお店を選んだのですが……。

「チェット・ベイカーは姉(俳優の上白石萌音さん)に教えてもらい、好きになりました。ジャズについては今も詳しくないのですが、チェットベイカーはいつ聴いても格好よくて、お酒がなくてもほろ酔いの気分になれますね(笑) 」

改めてその探究心と多彩なバックボーンに一同驚かされます。

今回訪れた「ダウンビート」は、1956年(昭和31年)創業。4000枚を優に超えるレコードの重みでひずんだラックや、お客さんが持ってくるという壁に貼られた大量のフライヤー、さらにタバコの煙であめ色にいぶされた天井など、店内の至る所に歴史の堆積を感じさせます。店主の吉久修平さんは3代目で、もともとこのお店の常連客だったそう。アルバイトスタッフも横浜国立大学のJAZZ研の部員に歴代受け継がれるなど、世代を超えて老舗の伝統が育まれているようです。

この日訪れる最後のスポットとあって、上白石さんに「お酒でもどうですか?」と勧めると、「どうしよう……飲んでもいいかな?」と、周囲におずおずと確認しながらも勢いに任せてカンパリソーダをオーダー。

吉久さんも「じゃあ、せっかくだからチェット・ベイカーを聴きましょうか?」と、レコードを棚からひとつかみ。ターンテーブルに載せるとそっと針を落とします。

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アナログ特有のプチプチという音と一瞬の静寂の後、店内にしつらえたアルテック A-7のスピーカーからは哀愁を帯びたトランペットの音色が。ジャズクラシックスのひとつ『枯葉』です。

「ヤバっ!! これは本当に最高ですね」

いつも丁寧に言葉を選びながら話す上白石さんも、このときばかりは思わず新鮮なリアクションに。カウンターを挟んで吉久さんとお薦めのレコード屋情報を交換するなど、一段と会話も弾みます。

「(このアルバムは)渋みがあって、なんだかしんみりしてきました。そういえばジャズ喫茶ではありませんが、以前、名曲喫茶ライオンには行ったことがあったんです。あそこは私語禁止だし、ものすごい爆音だったこともあり、私にとってはなかなかカオスな空間でした(笑)」

語られるエピソードを含めて70年代かと見まがうシチュエーションや、ラルフ ローレンのジャケットとコーデュロイパンツに身を包んだマニッシュなスタイルは、まるでウディ・アレンの映画から飛び出したかのよう。BGMがニーナ・シモンのライブアルバム『ニーナ・シモン・アット・ニューポート』に変わる頃には、上白石さんもぐっとくつろいだ様子で、ふつふつと情感が込み上げる枯れた歌声にじっくりと耳を傾けます。

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レコードやフィルムカメラを愛用する一方、ストリーミングサービスを利用して最新の音楽もチェックしているという彼女。新しい・古いという単純な二元論ではなく、フラットに好きなものを見極める感性は若者ならではといえるでしょう。実際に、この店で聴いたチェットベイカーのアルバムがサブスクにはなかったため、CDを購入して聞き直しているそうです。

そういった意味では、ここ「ダウンビート」もまた、歴史や伝統にあぐらをかかず進化しつづけています。音響システムはテクニクスのターンテーブル2台にミキサーをつなげたDJ仕様。近年のジャズシーンでは、ロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンに代表されるヒップホップやクラブミュージックなどにアプローチした新世代のアーティストが活躍しています。リスニング志向だけではなくDJプレイを前提とした「ダウンビート」のセッティングからは、老舗のジャズ喫茶という様式美にとらわれないアップデートが見て取れます。

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古いものと新しいものを同時に楽しむ上白石さん。不朽の名盤のみならず、現在進行形のジャズを伝えていく「ダウンビート」。両者に通じるのは、懐古主義ではなく、常に価値観を更新させることの重要性といえるでしょう。ちなみに吉久さんによれば、本連載の第1回で訪れたホテルニューグランドでも、DJやジャズピアニストによるイベントが不定期で開催されているのだとか。伝統におもねらない洒脱なセンスとオープンマインドは、浜っ子に通底している資質なのかもしれません。

撮影終了後には、仲良しのスタッフとおそろいでお店オリジナルTシャツを購入していた上白石さん。「お店はいつが空いていますか? 平日の夜だと混んでいますかね?」と再訪を予感させるなど、どうやら初めて訪れたジャズ喫茶の魅力は十分に伝わったようです。そのうち、どこかでカンパリソーダ片手に爆音のジャズに身を委ねる彼女の姿が見られるかもしれません。もちろん、偶然居合わせたとしても「ジャズを教えてあげようか?」などというお節介は禁物です。若者が好きなのは“昭和レトロ”であって、マンスプレイニングしてくる昭和おじさん仕草は嫌われるだけということを、自戒を込めて記しておくとします。

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〈上白石萌歌(かみしらいし・もか)〉
2000年2月28日生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝『シンデレラ』オーディション」グランプリ受賞をきっかけに芸能界入り。2018年、『羊と鋼の森』で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。近年の主な出演作に映画『子供はわかってあげない』(21/主演)、『アキラとあきら』(22)、ドラマ『金田一少年の事件簿』(22)、連続テレビ小説『ちむどんどん』(22)などがある。アーティスト名義adieu(アデュー)として音楽活動も行う。2023年1月スタートのテレビ朝日系木曜ドラマ『警視庁アウトサイダー』への
出演が決定している。

〈訪れた場所〉
ダウンビート
1956年(昭和31年)創業のジャズ喫茶。開店当初は、中区若葉町で営業していたが、1960年代に野毛へと移転。以降50年余にわたり、変わらぬ場所で当時の趣そのままに営業を続けている。不朽の名作からUKやブラジリアンジャズの最新作まで網羅する4000枚超のレコードコレクションを「本来、劇場などで使用されるもの」(店主の吉久さん)という、アルテックのスピーカーを通して堪能できる。店内はカウンターと30席ほどのテーブル席があり、1人はもちろん、グループでも楽しめる。通常営業に加え、月替わりでさまざまな選曲イベントや生バンドによるライブなども開催。12月29日(木)には、横浜のDJチームによるジャズラウンジのイベントが開催予定となっている。

神奈川県横浜市中区花咲町1-43 宮本ビル2階
TEL:045-241-6167
営業時間:16:00〜23:30
定休日:月曜
http://www.yokohama-downbeat.com

ジャケット¥207,900、ニット¥17,600、パンツ¥37,400/すべてポロ ラルフ ローレン(ラルフ ローレン 0120-4274-20)、イヤリング¥17,600/エテ(エテ 0120-10-6616)

【上白石萌歌さんと巡る、横浜“昭和クラシック”紀行。】まとめ

Photograph:Satoru Tada(Rooster)
Styling:Ami Michihata
Hair & Make-up:Maiko Inomata(TRON)
Text:Tetsuya Sato

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