紳士の雑学

「できるできないでなく、やるかやらないか」
サムライインキュベート代表取締役 榊原氏インタビュー[前編]

2018.11.09

「できるできないでなく、やるかやらないか」<br>サムライインキュベート代表取締役 榊原氏インタビュー[前編]

「人に必要とされることに存在意義を感じる質なんです。正義の味方になりたいというのか(笑)」、株式会社サムライインキュベート創業者 代表取締役 共同経営パートナーの榊原健太郎氏はこう言った。羽田空港からおよそ15分。起業家支援をする同社はオフィス兼コワーキングスペースを天王洲アイルに置く。国内外に移動しやすいよう、あえての場所選択だ。立ち上げから10年、支援する企業は150社程。昨今は東京電力や日本郵便との協業も話題で、内外ではイスラエルに続き本年ルワンダに子会社の拠点を開設した。「(新興国の起業支援で)雇用を生み出し、貧困を解消したい。平和な世界を作りたい」と榊原はそう考えている。サムライインキュベートの理念は「できるできないでなく、やるかやらないかで世界を変える」だ。

起業家たちと一緒に暮らしたサムライハウス

創業は08年、33歳のとき。前職のIT企業を辞めた後、最初は転職するつもりだった。「就職活動で多くの会社に訪れるうち、起業家が同じ悩みを抱えていることに気がついたんです。自分の事業ノウハウや営業経験はその支援に生かせるんじゃないかと」。初年度は事業のコンサルティング業を中心に手掛けた。だが、この方法ではお金のないスタートアップ企業の支援は難しい。「コンサルフィーは取れませんからね。そんな彼らの一番の悩みは『オフィス代』。それを解決しようと立ち上げたのがサムライハウスでした」

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09年、練馬区は小竹向原の一戸建てを借り、起業家たちと暮らした。近くに手塚治虫や藤子不二雄らが暮らした『トキワ荘』があったことからサムライハウスは『起業家のトキワ荘』とも呼ばれた。

「青春っぽくて楽しかったですよ。1週間分の焼きそばを100円で売っている店があってみんなで分け合って食べたり(笑)。そもそも起業家って孤独なんです。シェアリングエコノミーは当時まだ珍しかったんですけど、共同生活をすることでお金の面でも、気持ちの面でも楽になれたと思います。ただ、僕らは騒がしかったらしく(笑)、町内会からはよく(苦情の)手紙が入っていました」

同じ頃、サムライファンドを創設した。当初はファンド=金儲けのイメージから敬遠していた榊原だが知人の言葉に心が動いた。「スタートアップに投資をしてたくさんの雇用を作ること。それが社会貢献につながる」と。出資者はベンチャーキャピタルや上場企業の数々。現在第6号まであるファンドだが1号ファンドではスマホ向けの広告サービス、ノボットやアプリの共有サービスを開発するシンクローグなどに出資・成長支援し、M&AなどEXITにより結果も出ている。

なお、サムライハウスはその後、天王洲アイルのコワーキングスペースへと形を変えたが一緒に暮らした起業家たちは大成功している。榊原は彼らと暮らすことでスタートアップ支援のセオリーを学んでもいた。「(支援する側から言えば)成功する秘訣は接触頻度と接触時間。要は子育てと一緒で、その起業家とどれだけ同じ時間を過ごしたか。それによって成功する可能性はぐっと上がりますね」。

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TOEIC350点でも海外に進出できます

2014年、イスラエルのテルアビブにオフィスを構えた。「なぜ、そんな怖い国に行くの?」。周囲からは不思議がられた。イスラエルは世界屈指のスタートアップ大国だが、当時の日本でそこに着目していたのは榊原くらいのものだろう。しかし、自身は英語が苦手だった。

「出国前はTOEIC350点でしたね(笑)。それでもなんとかなるものです。起業家との面談は想定問答集を作って、あとはアジェンダに従って話せばいい。わからないときはグーグルのアプリを使ったり。中学程度の文法と度胸があれば海外進出は可能だと思います」

移住してから2~3カ月後、ガザ地区で戦争が始まった。テルアビブにも毎日のようにロケット弾が飛んできたが、イスラエルの迎撃ミサイルが100%に近い確率で撃ち落とす。そんな状況にあって榊原は帰国せず多数の起業家たちと会いつづけた。「日常生活は意外と普通に送れましたが、行く前は死ぬ覚悟でしたよ(笑)」。

イスラエルのビジネスを知るパイオニアとしてはもちろん、ビザの種類や現地での生活のあれこれに榊原は誰よりも詳しくなる。15年1月、安倍首相がイスラエルを訪れた際には首脳会談に出席。同地の起業家を支援する会社として、日本企業との橋渡しをする会社としてサムライインキュベートの名は広く知られるようになった。

「イスラエルに進出したことで会社は大きく成長しました。現在は創業まもなくのIT企業から日本の名だたる大企業まで幅広いお付き合いがあります。たとえば、日本郵便さんと共同でスタートアップ企業と一緒に事業を生み出していますが、以前なら(そういう起業から)声が掛かることが信じられなかったと思います。日本全体の力を活かしイノベーションを起こす、まだ途上ですが、その土台は確実にできてきましたね」

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新興国に雇用を生み出し、貧困や紛争を解消したい

今年5月、アフリカ大陸に出資・インキュベーションを行うため子会社を設立し、ルワンダにも拠点を設立した。きっかけはイスラエル政府がルワンダをIT立国にすべくバックアップに乗り出したこと。ルワンダは「アフリカのシリコンバレー」と呼ばれ、起業家も急増している。榊原自身、現地を訪ねてその萌芽を強く感じた。

「国外拠点は『誰も行かないような場所』というのがひとつのポイントですが、それは新興国を豊かな国にするお手伝いがしたいから。イスラエルにしろ、ルワンダにしろ、紛争でたくさんの命が失われました。けれど、そうした場所はイノベーションも起こりやすい。日本も同じで、世界で唯一原爆を落とされた国ながら、その後にすごいスピードで復興し豊かな国になりましたよね。日本のそのノウハウを世界に伝えたいと思っているんです」

雇用を増やせば貧困は減る。貧困が減れば紛争も減る。ビジネスの力で世界を平和にする、それが榊原の思い描く究極の目標だ。

後編へつづく>>

プロフィル
榊原健太郎(さかきばら・けんたろう)
1974年、愛知県名古屋市出身。関西大学社会学部卒業後、医療機器メーカーに入社し営業を経験。その後、インピリック電通(現 電通ダイレクトソリューションズ)にてダイレクトマーケティング戦略を経験し、アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)の創業期に営業本部の立ち上げやアライアンス戦略などに従事。2008年に株式会社サムライインキュベートを設立。同社代表取締役。現在、創業期のスタートアップ累計約150社に出資・インキュベーションを実施し、一部社外取締役やアドバイザーも兼務する。岐阜で暮らす家族(妻・子ども2人)のもとに毎週末帰宅する。

Photograph: Kentaro Kase
Text: Mariko Terashima

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