特別インタビュー

イースト・ヴィレッジが旅のはじまりだった。
石川次郎

2022.01.14

60&70年代、街の痛快な変化の目撃者となって

67年にはヴィレッジの目抜き通り、セントマークス・プレイスにある話題のディスコ「エレクトリック・サーカス」でサイケデリックの洗礼を受ける。1831年に建てられた建物にはポーランド系の移民たちのための集会所とポーランド・レストランがあったのだが、66年にアンディ・ウォーホルがそこをナイトクラブに改装し、その時のハウスバンドはザ・ベルベット・アンダーグラウンドだったという。そしてたった1年後にはサイケデリック・ディスコになり、我々がそれを取材した、という訳だ。耳がおかしくなるほど強烈なサウンドと、色のついた液体を使ったアナログだが幻想的なライト・ショウ、ブラックライトの点滅が起こす踊る人々の奇妙な動きなどに、いちいち驚いていた。
 
69年にはセカンド・アベニューにたった4年間しかオープンしていなかったロックの殿堂「フィルモア・イースト」でB.Bキングとアルバート・キングのブルース・ナイトを聴いた。ここはオーナーのビル・グラハムがサンフランシスコの「フィルモア・ウエスト」に次いでオープンしたコンサート・ホールで、ジミ・ヘンドリックス、ジョン・レノン、オールマン・ブラザーズ、ジェファーソン・エアプレインなど大物ロック・スターが連夜の客を集めていた。この建物も1925年製の古いものでユダヤ系劇場だったところだ。

同じ頃、「スラッグス」という小さなジャズ・クラブに1日おきくらいに通った覚えがある。3丁目の242番地といえばイースト・ヴィレッジも東の外れで、ただでさえ物騒なエリアのさらに端っこなのだから地下鉄の駅から歩いてそのクラブまで行く時はやや緊張した。しかも途中にモーターサイクル・ギャングのアジトのようなところがあり、汚れた革ジャンを着て凶悪な雰囲気を漂わせた男たちに睨(にら)まれるのが怖かった。もっともその男たちとはどういう訳か仲良くなって、バイクに跨(またが)った迫力満点の集合写真を撮らせてもらったりした。ニューヨーク在住のカメラマンの脚が小さく震えていたのを思い出す。

特別なものは何も無い薄汚れた街角に世界中のジャズ・ファンが憧れるプレイヤーたちが毎晩のように出演するクラブが突然出現する、こんな痛快な変化がイースト・ヴィレッジという街では当たり前のように起こる。70年代にはマンハッタン最大のアーミー&ネイビー・ストア(米軍放出衣料の店)「ハドソンズ」の古着の山で掘り出しものを探し、オフ・オフ・ブロードウエイの聖地「ラ・ママ実験劇場」には東京キッドブラザースの“ゴールデンバット”の応援に行った。ニューヨーク・パンク・ミュージックの震源地C.B.G.Bに行ったのは80年代初頭だったが、先に行っていた仲間からブロンドで口紅が鮮やかな美女を紹介された。デボラ・ハリー、が彼女の名前だった。

このように新しいもの、過激な出来事や人々ばかりを追いかけていたせいか、正直言うとこの街に昔からあるものや老人たちにはあまり目が向かなかった。古いものはロンドンやパリに行けばいい、そんな気持ちがどこかにあったに違いない。

1冊の本、1軒のバーが変わらないNYを案内

きっかけは1冊の本だった。2017年4月、6カ月ぶりのニューヨーク取材。機中で読もうと本屋で手に取ったのは『マクソーリーの素敵な酒場』という気になるタイトルの翻訳もので、腰巻部分には“稀代の名文家、ジョゼフ・ミッチェルは雑誌『ニューヨーカー』随一の書き手”などとあり、そのコピーに惹(ひ)かれた。なんの予備知識も無かった。

1854年に開店したバー「マクソーリーズ・オールド・エールハウス」の経営者ファミリーとそこに集まる近所に住む人々の物語なのだが、初代オーナーのジョンが一風変わった人物で、店をピーナッツ売りのお婆さん以外は女人禁制にしたり、ソーダクラッカーに生のタマネギとチーズという毎度決まったランチを無料で供したり、店内の壁をまったく隙間のないほど思い出の品物で飾り立てたりと、面白い話が次から次に出てくるから興味は尽きない。そして何よりも驚いたのはこの店が長年の取材で慣れ親しみ今回も訪れるつもりのイースト・ヴィレッジのど真ん中にあった、という事実だ。なぜ気が付かなかったのだろう?

筆者のミッチェルがマンハッタン最古のバーということに着目してこの名作を描いたのが1940年だから、その時点で店はオープンして既に86年経っていることになる。86年で“最古”とは、やっぱりアメリカは若い国だな、と思ってしまっても無理はないが、もし、この店が現在でも存在していたら話は変わってくる。創業から167年──、街の酒場としては堂々たる老舗だ。

結論を言おう。この店は健在だった。しかも驚くことに機中で読んだばかりでまだ頭の中に残像のように残っている店内のイメージが今もそのまま現実のインテリアとして存在しているのだ。

創業当時にはまだビールを小さな錫(すず)のマグで飲ませていたのがガラスのマグに替わってはいたが、オーダーすると一度に2杯のビールが出てくるというサービスのスタイルは今でも変わっていない。店内のあちこちにはミッチェルが作品中に書き込んださまざまなものが残されていて、それらをひとつひとつ眺めていると簡単に19世紀のニューヨークにひとっ飛びだ。こんな素敵なタイムマシンがイースト・ヴィレッジにあったとは! 街の中に変わらず残るものの大切さを改めて感じる。

そして、迂闊(うかつ)にもまったく気づかなかった素敵な物語を1冊の本
が教えてくれたこと、それが何よりも嬉しかった。

Some things never change!

石川次郎(いしかわ・じろう)
『POPEYE』『BRUTUS』『Tarzan』など数々の人気雑誌の創刊を手がけ、各誌の編集長も歴任した伝説の編集者。旅に関わる映像コンテンツの企画やプロデュースも多く、旅の達人でもある。

アエラスタイルマガジンVOL.51 AUTUMN / WINTER 2021」より転載

Illustration: Ayaka Otsuka
Edit: Toshie Tanaka(KIMITERASU)

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